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第44話「アズウォルドの誇り」


「殿下、申し訳ございません。てっきり、殿下のお子様に違いない、と」

 


 レイが成田に到着し、最初にしたことが、記者会見であった。

 彼は、ミサキとの婚約解消を独断で発表したのである。ティナやスザンナが知っていたのはこのためだ。


『ミス・ミサキ・トオノは私の婚約者として、十二年もの長きに渡りアズル王室に協力してくれた。非常に感謝している。私は彼女が幸福になることに、どんな協力も惜しまない。尚、婚約・結婚は個人の問題である。両国の友好関係に一切の影響はない』


 レイはミサキに結婚の予定があること。花婿がアズウォルド国民であること。そして、日本政府と遠野家が“快く”承諾してくれたことに感謝して、記者会見を締め括った。

 これでは誰も反対は出来ないだろう。

 その後、幾つかの会談を済ませ、レイは成田到着から二十四時間後には、再び機上の人となっていた。

 王室専用機は成田を飛び立ち、五時間足らずでアズウォルド本島に到着する。その機内で、ひたすら謝罪を繰り返しているのがニックであった。


「私は君にとってよほど信用の置けない人間らしい。非常に残念だ」

「申し訳ございません!」

「自分自身にやましいところがあるのではないかな? 胸に手を当てて考えてみてはどうだ?」

「で、殿下っ! 私は、そんないい加減な……いや、あの。とにかく、お許しください」

「さぁて、どうするか」


 平身低頭のニックを横目で見つつ、他の警護官や補佐官は忍び笑いだ。それもこれも、レイの機嫌がすこぶる良いせいである。


 先手必勝が功を奏したのか、日本での件は意外とスムーズに片付いた。すでに、議会には手を回し、承認も取り付けてある。チカコも同様だ。他の王族や関係者は、了解する者もいれば保留の者もいた。だが幸いにも反対者は出なかったのである。基本的に制度が強制ではないためだろう。

 ともかく、これで正式に婚約は解消した。アズウォルド国教会も、ミサキとマシューに結婚許可証を出すだろう。

 そしてレイ自身も、ようやく愛の言葉をティナに囁ける。そう思うと、ついつい気持ちも軽くなりニックをからかってしまうのだ。


 明日の正午、王宮にて記者会見を行う。

 その時に全てを明らかにする。すぐに準備にかかるよう、サトウには成田からメールで命令を送っておいた。

 今回、サトウを同行しなかったのはこのためである。レイの王室法改正について、サトウが反対してくることは容易に想像できた。そして、日本での抜き打ち記者会見――サトウなら、こういった手段に出たレイを叱るはずだ。

 つい先日、マスコミを抑えるのに権力を行使したことについて、説教されたばかりである。

 だが、いざと言う時に頼りになり、全てを取り仕切ってくれる人物。それはサトウをおいて他にはいない。


 後はサトウに任せ、到着まで一休みだ。レイがそう思ったとき、

「殿下!」サトウの代わりの補佐官が早足でやって来る。どうやら、まだ休めないらしい。

「何事だ?」

「王宮から緊急連絡が入っております」

「!」



 *~*~*~*



 ティナは出国ゲートをくぐった。

 係員の女性は終始笑顔でお役所仕事的なものは感じられない。白いタンクトップに淡いピンクのミニスカート、髪には南国風の紫がかったピンク色の花を挿した健康的な女性である。彼女はティナにスマートとは言い難い英語で「素敵な想い出は出来ましたか?」と尋ねた。

 ティナは微笑んで答える――「ええ、とっても」

「ぜひまたお越しくださいね」

 ゲート係員の女性は日に焼けた顔でにっこりと笑った。


 

 ティナは来た時と違って、観光ゲートを通り抜けた。そして、大勢の一般客と同じくフェリーに乗船する予定であった。しかし、そこは予想外にも多数の観光客でごった返していたのである。

 それは、アメリカ人のティナには経験のないもの。日本では、ちょうど大型連休の真っ最中だったのだ。

 ゴールデンウィークと呼ばれ、アズウォルドにとっても一年で最も多く日本人の訪れる時期。近場でゆったりと遊べ、しかも日本語が通じる。日本人にとってアズウォルドは、常に一、二位を争う人気の国であった。

 普段ならすぐに乗れるフェリーに、一時間近く待たされ……。ようやく乗れたのは、予約したニューヨーク行きの出発四十分前であった。



(大丈夫よ。十五分、掛かっても二十分もあれば海上エアポートに到着する。急いでチケットを交換して……そうしたら、もう二度と)


 フェリーの中でもジッと座っていられず、ティナはデッキに出た。

 風に当たり、アズル・ブルーの海に別れを告げる。そして、そっと擦った右手首に、アズライトの埋め込まれたバングルが――。




「お嬢さん! お土産にいかが? プリンス・レイとお揃いですよ!」


 ティナは出国ゲートを抜け、フェリーの待合所にポツンと立っていた。黒髪の観光客の中で、金髪の彼女はことさら目立つであろう。しかも、今にも泣きそうな顔の一人旅の女性など、賑やかな観光地では珍しいはずだ。

 その“お揃いのバングル”はワゴンに並べてあった。声を掛けた男性店員は、一見してポリネシアンの系統らしい。黒い髪と立派な体格が威圧感を漂わせている。だが、表情は人懐こく、口調も陽気だ。

 ワゴンには、ネックレスやペンダント、イヤリング、ブレスレット、アンクレット……そのほとんどにアズライトが付いている。そして、一番多いのがやはり、バングルであった。

「全部……アズライトなの?」

「そうです。最高級よりは少し落ちるけどね」

 約二十ドルから三十ドルの値札ばかりだ。偽物ではないのだろうが、一応アズライトと呼べる程度の物か。ニューヨークの露店で売っているレベルだと考えればいい。それより少し高めなのは、やはり観光客狙いのせいだろう。その証拠に、ティナの隣に立つ日本人女性が、店員の勧めるバングルを手に取り楽しそうに笑っている。新婚だろうか? 女性は背後に立つ日本人男性に笑い掛け、男性は日本円で相当額を支払って行った。


 アズウォルドが気に入られるもう一つの理由。この国では米国ドルと日本円が普通に使用できるのだ。両替に手数料が掛からないのだから、楽なことこの上ない。

 しかも……。

「私も、同じ物を頂ける? カードしかないんだけど」

「OKOK! 全然問題ない」

 どんな小さな店でも、コーラ一本からカードが使えるのも利点だ。

 ゲート係員の女性より拙い英語で「付けてあげるよ」と言われ、右手首に三十ドルのバングルを嵌めた。土台の部分は金メッキのようだ。

「これでプリンスとお揃いだ!」

 店員に言われ、ティナは笑うつもりが、無意識のうちに泣いていた。

 

「ああ、大丈夫。ごめんなさい。レイ――プリンス・レイのことは好き?」

「もちろん、大好きさ! プリンスは強くてかしこい。アズウォルドの男はみんな彼を理想にしてる。プリンス・レイは国の誇りだ!」

 店員は、最後には拳を突き上げ、大きな声で叫んだ。周囲から笑い声と共に拍手が上がる。


 ――この国の誇りを奪うわけにはいかない。


 ティナは笑いながら……涙が止まらなかった。






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