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第4話「プリンスとの出会い」


 調査はしたはずだ。彼は自国の調査機関がもたらした情報を信じている。

 事件の真相はともかく、ミス・クリスティーナ・メイソンは友人も恋人も作らず、結婚の意志もない。優秀であることは明白だが、人と触れ合うこともせず、図書館の司書として、本とだけ向き合う毎日だ、と。

 メイソン家は厳しい家父長制の家であるから、当然のように娘は父の意思に添って婚姻を決めるであろう。この婚姻は彼女の名誉をなんら貶めるものではない。むしろメイソンという小さな檻より、アズウォルドで生きるほうがどれほど自由であろう。

(王家という見えない檻を嫌がったのであろうか?)

 レイは小さくため息を吐きながら、王太后である母の姿を思い浮かべた。


 屋敷に添って中庭をグルッと回った時、思案するレイの耳に何かが落ちる音が聞こえた。そして、首を傾げる間もなく、目の前にロープ状の白い布が垂らされたのである。

(何だ、これは?)

 何かが足に当たり……拾い上げると女性用のハイヒールだ。不思議に思い、見上げた彼の目に映ったのは――。

 

 黒いストッキングに包まれた挑発的な脚と、同色のガーターベルトが巻かれた白い太もも、そして、その奥に見える不釣合いな純白の下着であった。

『なっ! 何をしているのだ、君は!』




 ティナは庭から直接会場に回って皇太子に直訴しようと考えた。

 シーツで作った急ごしらえのロープにぶら下がり、どうにか降り始めたのだが……。

 その直後、四苦八苦するティナの耳に届いたのは、アメリカ英語ともイギリス英語とも違った発音の“イングリッシュ”であった。

  

 ロープに足を掛けるのに、ドレスの裾を腰まで捲り上げている。およそ、レディとは言い難い格好だ。それを下から覗かれでもしたら……。

「みっ、見ないで! ――キャアッ!」

 せめてドレスの裾を下ろそうとした瞬間、片腕でバランスなど取れるはずもなく。ティナは地球に引力があることを、身を持って知ったのだった。


(ドレスはちゃんとなってるかしら? いくら評判は気にしないとはいえ、裾をめくったままなんて嫌だわ。……大した高さじゃないんだから、打撲くらいで済んでくれたらいいのだけど。……でも、下にいた人に怪我でもさせたらどうしよう)

 ティナは色々考えを巡らせるのだが、なかなか地面に叩きつけられる気配がない。まさか、二十階から落ちているわけではないのだ。こんなに考える時間があるのはおかしい。そう思い、恐る恐る目を開けた。


 ティナの正面に男性の顔があった。

 彼女が知っている誰とも違う、確固たる意思と信念を持つ人間の顔だ。この暗闇では、髪や瞳の色はよく判らない。でもこの人は、周囲の悪意によって、たとえボロボロに汚され傷つけられたとしても、決して誇りと名誉は捨てない人であろう。何者も侵すことの出来ない聖域に存在する、稀有けうな人間なのだ、と直感する。

 ティナは一言も発せず、男性の顔を見つめ続けた。すると、彼のほうが先に口を開きかけ……。


「殿下っ! 女性の悲鳴が聞こえましたが、何事ですか!? レイ皇太子殿下、ご無事ならお応えください!」

 その声に、周囲の空気は一瞬で張り詰め、中庭に緊張が走った。

 皇太子の名を呼ぶ声が重なり、警備の者が大勢駆けつける。サーチライトに照らされ、気が付けば煌々とした光の中心にティナはいた。そして彼女の目の前に、自分を抱き上げる男性、レイ皇太子の姿が浮かび上がったのだ。


 青――その目は見事なほどのオーシャンブルーであった。

 髪も黒だと思ったが、光に透かすとチョコレート色に艶めく。パーツはどこをとってもアングロサクソンを思わせるのに、トータルで見るとまさに“アジアンプリンス”に感じるのはなぜだろう。

 

「静まれ! 大事ない。――下がれ」

 それだけで、色めき立った周囲の人々に安堵の沈黙が広がる。

 なんという人なのだろう。ティナは胸の中が、彼の瞳の色に染まっていくのを感じていた。


「お嬢さん。二階から降りる時は階段を使うべきだ。窓からロープで降りるのは、泥棒かレスキュー隊くらいだろう。それとも訓練中かな?」

「い、いえ。あの……」

「さて、怪我はないかい? 私は君を降ろしても大丈夫かな」


 ずっと抱かれたままなことに気づき、ティナは慌てて下に降りた。地面に足をつき、どこも痛まないのにホッとする。

「君は、ミス……」

「クリスティーナ・メイソンです。殿下、大変失礼なことをしてしまい、お詫びの言葉もございません。本当に申し訳ございません」

 ティナは仰々しく頭を下げた。直訴どころではない、皇太子の上に落ちたのだ。無礼きわまりないところだろう。

 だが、これで縁談はなくなる。ティナは胸を撫で下ろすと同時に、心の隅で落胆を感じていた。


「では、君がミス・クリスティーナ・メイソンか。そうか……君が」

 サーチライトがなくなると、またもや周囲は闇に包まれた。皇太子が口にした「クリスティーナ」の発音に、ティナはなぜか背中を撫でられたような錯覚に囚われる。

 皇太子は「そうか」を繰り返し、何事か考え込んでいた。


(あのオーシャンブルーをもう一度見たい。それもさっきと同じくらい近くで……)

 ティナは皇太子をみつめたまま、訳の判らぬ考えに翻弄され始めていた。その時、父が駆けつけて来たのだ。一瞬で、彼女の胸に起こった嵐は、跡形もなく消え去った。




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