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第38話「空からの使者」


 あの日から一週間――。

 ティナは独り、アジュール島のコテージで過ごしている。


 二人の写真が掲載されたデイリーニューズ紙は、確かに発売された。 

 だが、その記事を世界中のマスコミは無視したのだ。そして翌日、デイリーニューズ紙の記者がとくだね欲しさにヤラセをしていたことが発覚……。芸能人でもない島国の王室スキャンダルは、瞬く間に消え失せたのである。

 ティナは、レイが見縊みくびるなと言った意味を、よく理解したのだった。



 あの日、もう少しだけ二人でいたい。特別なことは何もしなくていいから。そう言おうとしたティナの頭上に、一機のヘリが現れた。パパラッチか? と俄かに緊張の走るティナに比べ、レイは落ち着いたものである。それもそのはずで……。

「見なさい。君も乗ったことのある王室ヘリだ」

 言われてティナも気がついた。機体の扉部分には、紺碧のアズウォルド国旗が描かれている。だが、それが意味することは一つだ。


「サトウには私が連絡した」

「どうして? 彼から逃れるためにこんな場所に来たんじゃなかったの?」

 レイは木の枝に掛かったパーカーを羽織りながら、

「マスコミ対策だ。昨夜のうちに手を打つはずだった方法と、今からではやり方が違う。一刻も早く、私は宮殿に戻らねばならない。それに、私が理由も告げず連絡断てば、六時間後には警察が動き、十二時間後には軍が動くことになっている」

 そう答えると、レイは砂浜に着陸したヘリに近づいて行った。

 中からサトウ親子が飛び出してくる。息子のニックのほうは表情を変え、慌てた様子だ。補佐官のサトウは……ティナの目にはいつも通りに見えた。


「殿下っ! ご無事でございましたか?」

「ああ、大事無い」

 駆けてくるニックにレイは一言だけ告げる。

 その後から息子に追いついたサトウは、レイを責めるような眼差しで見つめ、呟いた。

「殿下。このようなことをなさるとは……信じられません」

「今から戻る。それ以上言うな」

「しかし」

「命令だ」

 レイの一言にサトウは「……御意」とだけ言い、後ろに下がった。


「いいかい、ティナ。君は私が良いと言うまでこのコテージに留まるんだ」

「私にも命令するの?」

 レイは軽く首を振る。

「頼んでいるんだ」

 ティナにはもう、レイの決意を動かすことなど出来ない。ティナも同じだ。今となっては国王の妃になどなれようはずがない。

「判ったわ。無理はしないで。体に気をつけて……少しは自分の幸せも考えて、人生を選択してちょうだい」

「ティナ。それではまるで永遠の別れのようだ」

 

 ティナはそのつもりである。

 そんな決心を打ち砕くように、レイはティナの頬を撫で、軽く口づけたのだ。サトウやニック、他の部下たちも居る前で、である。しかも彼は屈託ない笑顔だ。


「レイっ!」

「殊勝な君は君らしくない。二階の窓から飛び降りるくらいのお転婆が、君には似合いだ。――では、行ってくる。幸運を祈っていてくれ」


 レイは、サーフパンツにパーカーを羽織った姿でヘリに乗り込んだ。

 チョコレート色の髪は太陽の陽射しを受け、王冠のように煌いた。その姿が眩しくて、ティナは、一生忘れないと心に刻み込んだ。



 *~*~*~*



 一週間前に別れたレイの姿を、ティナが胸に思い浮かべていた時、不意に、コテージの頭上にヘリのローター音が聞こえた。

 ティナは咄嗟に、レイが迎えに来てくれた、そう思って戸外に飛び出したのだ。だが、玄関前のスペースにヘリが着陸し、降りてきたのはレイの護衛官ニック・サトウであった。


「まあ、ニック! この間は何も言わずに戻ってしまって。あなたは私が誰だか覚えているのかしらっ?」

 いつの間にか、ティナの横にアーレットが立っていた。彼女は両手を腰に当て、声を張り上げる。

 ニックは、ばつが悪そうに横を向き、やがて諦めたらしく返事をした。

「もちろん覚えてますよ、母さん。ニューイヤー休暇に戻ったはずです」

「ええ、去年のね」

「……」

 二人の会話を聞き、ようやくティナはニックとアーレットの髪と瞳の色が同じことに気づいた。ニックの大柄で東南アジア風の容姿は、日本的なサトウとはあまり似ていない。どうやらニックは母親似のようだ。


「仕事で来たんです。母さん、邪魔しないで貰いたいんだけど」

「なんて酷い息子かしら。いい、ティナ? この子が意地悪をしたら私に言いなさい。お尻を引っ叩いてあげるわ!」

 アーレットはぷりぷり怒りながらコテージに引っ込んだ。


 この一週間アーレットには本当に世話になった。食事の用意から買出しまで、全部アーレットがしてくれたのだ。観光地から外れたこの辺りでは、金髪のアメリカ人は珍しいらしい。それも、皇太子所有のコテージに寝泊りしているとなると……。

 様々な事情から、ティナは森から外には出られなかったのだ。

 アンナも何度かコテージを訪れた。雑誌の差し入れや、ティナの話し相手になってくれたのである。


「スキャンダルは立ち消えになったみたいね。いい加減、私はここから出てもいいんじゃないかしら」

 ニックが悪い人間だとは思っていない。だが、レイが呼んでいると嘘をつき、ティナを補佐官サトウの許に届けたのは彼だ。


「ミス・メイソン。あなたには私と一緒に本島に戻って頂きたく、お迎えに参りました」

「それもレイ……殿下のご命令? 嘘じゃない証拠はある?」

 ティナの厳しい一言にニックは答える。

「先日のことを言われておいでのようですが。私は皇太子補佐官のご命令に従ったまでのこと。確かに、殿下のご命令と承りました」

「では、あなたのお父さんはあなたにも嘘をついたのね」

「……」

 どうやら、都合が悪くなると黙り込むタイプらしい。


「これは、殿下のご命令ではありません。私の一存であなたをお迎えに上がりました」

「あなたの?」

 唖然とするティナに、ニックは尚も言い募る。

「殿下は非常に困惑し、悩んでおられます。ご自分が、お父上と同じ道を選ぶということを。あなたをこのような場所に匿い、世間をあざむく二重生活など……殿下には相応しくありません!」

「な、なにを言ってるの? 私と彼は」

「どうか本島に戻り、殿下に会われて下さい」


 ティナにはニックの思惑がさっぱり理解できない。

 ニックはどうやら、レイとティナがコテージで深い仲になり、そのまま側室にでもすると思っているようだ。だが、それならなぜ、レイと会わせようと考えるのだろう。

 レイと会わずにアメリカに戻れというのなら判るが……。


「あなたは私が殿下と会ったら、何かが変わると思ってるの?」

「はい。あなたがごく普通のアメリカ人女性であれば、適切な道を選んで下さると信じております」


 レイは何もなかったことにして、ティナをアメリカに送り返すつもりでいる。

 それがどうして、ニックはこんな誤解をしているのだろう。側近の者に誤解を与えるようなことを、レイがしたのだろうか? ……不安に包まれるティナであった。






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