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第36話「秘めやかな夜」

☆軽い性的描写があります。R15でお願いします。


 ティナは浅い眠りの中にいた。

 小鳥のさえずりが聞こえ、潮の香りがする。その間を縫って、ベーコンと卵を焼く匂いがした。

(半熟のサニーサイドアップが好みなのだけど……)

 ぼんやりした頭で、ティナはそんなことを考えていた。


 身体のあちこちが痛い。

ティナはベッドの中で手を伸ばした。だが、隣には誰も寝てはおらず。代わりに触れたのはボタンの全て弾け飛んだシャツと、肩紐の切れたキャミソールであった。

(あれは……夢ではなかったの?)

 ゆっくりと、ティナは身体を起こした。

 窓辺のカーテンが風にそよいでいる。吹き込むほど激しい風ではない。だがそれは、本島の王宮で感じた風より湿り気を帯びている。コテージが海に近いせいだろうか。

 優しい風がティナの身体に残したレイの唇の跡をなぞり……金色の髪を後ろに靡かせた。


 

 昨夜、レイはあっという間にティナの服を脱がせた。それも少し乱暴に。慣れているのか、不慣れなのか、ティナには判りかねる手つきであった。

 ただ、彼が酷く怒っていたことは間違いない。

 レイの唇が露になった胸元に触れ、その熱い吐息を肌で感じた。ティナは期待と悦びに全身が打ち震える。だが、何ひとつ言葉にしようとしないレイに、不安を覚えたのも確かだ。


「レイ……レイ、お願いよ。今だけでいいから、愛してるって言って」

 泣いて懇願するティナの脚の間にレイは指を伸ばした。

 ティナは突然のことに短く呻き声を上げ、手で顔を覆い、唇を噛み締めた。だが、レイはその手を押し退けたのだ。一瞬、二人の視線が絡み……紺碧の瞳は深い闇に紛れ、ティナには何も読み取れない。

 その時、レイの指が彼女の敏感な場所を探り当てた。

 ティナが驚きのあまり上げようとした声を、彼は唇で塞ぐ。その直後、レイの指は遂にその奥の泉まで到達したのだ。レイの指は恐ろしく繊細で、少しずつティナの身体から快感の波を呼び覚ます。ゆっくりと激しく、そして早く、ティナがそこに至る寸前に指の動きを止め、また別の場所にキスするのだ。

 それを幾度となく繰り返され……。

 ティナが身体を反らし、片手でシーツを掴み、片手でレイの腕に爪を立てた瞬間。今度は動きを止めることはせず、更に激しさを増してティナを目的の場所へと導いた。


「お願いレイ……嘘でもいいから愛の言葉を聞かせて」

 大きく息を吐き、ティナはレイにもたれ掛かる。素肌に触れるレイの高ぶりは、ズボン越しとは思えないほど熱く――。自分はレイのものになる。そして彼も、たとえ一瞬でも自分のものに。

 そんなティナの耳にレイの声が聞こえた。


「クリスティーナ。私は偽りの愛を口にはしない」

 それは、下半身の欲望を押さえ込むかのような、レイの冷ややかな声であった。



 *~*~*~*



 ――コンコン。

 ドアをノックする音に、ティナは我に返った。必死で上掛けを手繰り寄せ、体を隠す。

「は、はい」

「失礼しますよ。あらあら、やっとお目覚めね」

「あ、あの……」

 

 入ってきたのはレイではなく、年配の女性だった。茶褐色の髪と瞳、髪には少し白いものも混じっている。背丈はティナと同じくらいだが、貫禄が倍ほどあった。

「さあ、シャワーを浴びて、朝食を召し上がってくださいな。でなきゃ、お昼になってしまいますよ」

 その雰囲気にどことなく見覚えがある。だが、どうにも思い出せない。

「あの……すみません。こちらの方ですか?」

「え? ああ、私はプリンス・ジョーの乳母だったの。もう三十年近くも前だけど」

 そう言うとにこやかに微笑む。

「三十年……あの、それって誰のことですか?」

「レイ皇太子殿下のことよ。王妃様が日本風の名前を嫌われてね、側近の者はジョセフ王子、プリンス・ジョーとお呼びしてたの」


 ティナには初耳であった。

 そして、そのレイは何処に行ったのか……ひょっとしたら本島に戻ったのかもしれない。そう思うと、ティナの心は一気に消沈する。

「プリンスは……もうこちらには?」

「え? ああ、プリンスなら入り江じゃないかしら。ここで泳がれるのが好きなのよ」



 女性はアーレットと名乗った。

 元々この島の出身だという。乳母を辞めた後は、夫の両親と自分の両親、娘夫婦たちと一緒に、島で暮しているそうだ。

 この入り江のコテージは、レイの秘密の隠れ家だと教えてくれた。元々はレイの祖母、フサコ王太后の所有だったという。


 入り江は、入り口の岩棚が左右から張り出していて回廊のようになっている。おまけに潮流が激しく、海上から入り込むには不可能な場所だ。しかも周囲は鬱蒼とした森に囲まれ……絶好の隠れ場所になっていた。

 もちろん上空からヘリで狙われたら一溜まりもない。だが、島で一番賑わう町の反対側だ。ヘリなど見掛けることもない。

 ここは、レイが羽を伸ばせる唯一の場所と言っても良かった。



「まあ、隠れ家といっても、プリンスが女性を連れ込んだのは初めてのことよ」

 フィアンセの存在には触れず、アーレットは心配しなくても良いと言ってくれたのである。

 彼女の卵料理は、少し硬めのスクランブルエッグであった。



 *~*~*~*



 アサギ島より、もっと白い砂浜だった。

 足跡がひとつだけ……。ティナはそれを辿って海辺に近づいて行く。

 寄せては返す波は穏やかで、まるで湖のようだ。潮の香りがしなければ、そこが海だとは思わなかっただろう。

 その時、不意に海水が盛り上がる。姿を現したのは、チョコレートブラウンの髪を持つプリンス・レイであった。

 セラドン宮殿のプールとは違い、レイは薄い水色のサーフ・パンツ姿だ。水を弾いた肌は日に焼けて、男の色香を漂わせている。


 サバナ気候独特の乾いた陽射しに、ティナは目を細め、右手で影を作った。その手首にはブルーの光を反射したアズライトのバングルが輝き……。





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