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第33話「空白の三日間」


 三日前――アズウォルド王国皇太子、レイ・ジョセフ・ウィリアム・アズルは成田空港に降り立った。隣国、日本の首都・東京の、空の玄関口だ。


 その前夜、王室報道官からの報告は「日本とアズウォルドの関係にひびを入れかねない、皇太子のスキャンダルが公表される」という情報だった。

 レイは直属の危機管理室に連絡をして、常に監視体制にあるチカコ・サイオンジの様子を報告させる。彼女はレイの警告に従い、日本人女性を最終便で既に帰国させていた。やけに手回しが良いと思っていたら、どうやら裏があったようだ。

 チカコはその女性を通じ、日本のマスコミにレイのスキャンダルを流したという。しかも証拠写真つきで。

 レイはその対応のため、翌朝一番、日本に向かったのだった。



 七年前、春から秋までの半年間、レイはこの東京に居ることが多かった。

 テロの後、レイは帰国を余儀なくされた。そして、アズウォルド国立大学をスキップで卒業。国政の建て直しを図りながら、ハーバードや東京大学だけでなく、世界各国で学んだのである。


(私がミサキに会ったのは、もう七年も昔なのか……)


 レイはふとフィアンセの顔を思い浮かべようとした。

 だが、何も浮かんでは来ない。それもそのはず、レイが婚約者のミサキ・トオノに会ったのは僅か二回のみ。十二年前に婚約パーティをした時と、七年前、レイが大学院の博士課程を修了して国に帰る直前のことだ。

 大使館で顔を合わせたが、親に促されるまで俯いたままであった。挨拶以外は何も話そうとはせず、レイも特に話し掛けることはなかった。セーラー服を着た小柄な少女だったことは覚えている。

 当時から、外務大臣として国の要職に就いていたトーマス・スタンライトなどは、あからさまに不満を口にしたものだ。

「あれで未来の王妃が務まりますかな? 我が国がいかに先進諸国から蔑ろにされているか判ろうものですな」

「サー・トーマス、口を慎むべきではないか? ミサキは私の婚約者だ」

 レイの一言に、スタンライト外務大臣は渋々黙り込む。


 国のための婚約、というのならそれはミサキとて同じであろう。レイは義務を忘れ、権利ばかり主張するような人間ではない。婚約者として、最大限ミサキの意思を尊重してきたつもりである。心遣いが足りないと言われればそれまでだが……。


 レイはプレジデントのリムジンに乗り、成田空港から赤坂の大使館に移動した。

 思えば、この東京でも空港と大使館、在学中は大学の往復だけだった。東京は遊ぶ場所も多いと聞くが、公務で関係各省を回った時、東京タワーに案内されたくらいである。


(女性が気に入る場所は何処だろう?)


 そんなことを考え、レイがエスコートすべく頭に浮かべたのは、ティナであった。

 ダンスタイムの間中、ソーヤはティナに馴れ馴れしく話し掛けていた。ソーヤを喜ばせるために、あんな背中の開いたイブニングドレスを見立てた訳ではない。では、何のために? そう訊かれたら、レイはおそらく答えに窮するだろう。

 キス以上のことをしてはいけない。いや、本来なら、キスもダメなのだ。その写真が撮られたからこそ、レイは急遽来日したのである。


 ――『アサギ島でのレイ皇太子とアメリカ人女性の問題行動』その証拠写真があり、目撃者のコメントまであるという。

 これが明らかとなれば、ティナの生活は平穏ではいられなくなる。彼女はレイ皇太子の恋人、果ては愛人としてパパラッチに追われ続けるだろう。兄王の妃にすることも出来ず、現状ではレイが責任を取ることも出来ない。滞在を延ばせば愛人説が濃くなり、アメリカに戻せば針の筵に座らせることになる。まさに四面楚歌だ。

 しかも、現在起こっている問題はそれだけではなかった。



 二日間、日本のマスコミを抑えるのに費やした。人任せにして、大金をバラ撒いたほうが楽であっただろう。

 だがレイは、誠意を持って対応したかったのだ。それは、二人の将来を考えた結果であった。ティナはアメリカに戻さなければならない、どんなことをしても。元の彼女の生活を、取り戻してやらねばならないのだ。

 ホッとしてアズウォルドに戻ろうとした時、再び一本の電話が鳴る。

 それは王室報道官からで、レイの二日間の努力を嘲笑うものであった。


『殿下! デイリーニューズ紙から殿下とミス・クリスティーナ・メイソンの記事が出ます。明後日の朝発売で、明日には詳細が流れるようです。こちらの対応を指示してください!』



*~*~*~*



「こ、これは……」

 ティナが手にしているのは、ゲラ刷りと呼ばれる試し刷りの原稿であった。白黒の写真には、二人が抱き合い熱烈なキスを交わすシーンが写っている。バックには大きな窓があり、ソファやコレクションボードも写っている……そこは室内であった。

「ビーチの写真じゃなかったの? 私はてっきり」

「ああ、私もそう思っていた。だが……応接室に、お茶のおかわりを持ってきたメイドを覚えているだろうか?」


 ティナはふいに尋ねられ、記憶を手繰ってみる。

 チカコが部屋を出て行き、バングルを返す返さないと揉めた気がする。そしてふいにレイに抱き寄せられ……。ティナは思い出すだけで、顔が熱くなる。

「な、なんとなくだけど……。黒髪の東洋人らしい顔立ちをしてたわ。まさか、彼女が?」

 とてもそんな娘には見えない。ティナより若いだろう、それも十代に思えた。

「彼女はアサギ島の人間でね。両親が事故で入院している。彼女一人の稼ぎで、家族六人を養い、治療費を捻出していたらしい。そこをチカコに付け込まれた」

 ティナは表情を変え、レイに噛み付いた。


「なんてことなの!? 酷いわ!」

「判っている。済まない。君に迷惑を掛けたことは」

「私じゃないわ、レイ! あの少女よ! まだ十代じゃないの?」

「え? ああ、確か十六歳と聞いたが」

「まあ! アズウォルドはブルネイに匹敵する豊かな国なんでしょう? 無駄なエメラルドに百万ドルも掛けるお金があるなら、どうしてそういった家族を救わないの? 信じられないわ!」

 レイは一瞬驚き、そして相好を崩した。

「レイ、笑ってる場合じゃないわ。大人の汚い思惑に利用されて、きっと傷ついているわ。まさか、クビとか……。それとも、彼女は何か処罰されるの? そんなこと許され」


 少女に同情してティナのボルテージは上がる一方だ。そんな彼女をレイは――。





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