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第31話「いくつもの火種」


『判った。いや、口は出さないほうがいい。こちらでも手配してみよう。引き続き、何か判ったら報告を頼む。ああ――ご苦労だった』

 それは、日本のアズウォルド大使館員からの緊急連絡であった。


「殿下……」

 サトウも殊勝な面持ちでレイを見ている。

「事件性はないらしい。後はむこうに任せよう」

「しかし殿下。これは忌々(ゆゆ)しき事態ではないかと。事の次第を明らかにして……」

「この件はもうよい」

「殿下!」

「それより、聞きたいことがある」

 レイは携帯を仕舞い、補佐官サトウと向き合った。

 

 “騎士の間”より奥、王の住居の近い“人魚の間”に彼らはいた。そこは、国王はじめ王族との謁見に使われることが主たる部屋だ。白い天井と壁、柱に金箔で施された人魚の浮き彫りが名前の由来である。


「サトウ、君はティナになんと言って、エメラルドのブレスレットを渡したのだ」

「皇太子殿下よりの贈り物である、と申し上げました」

「それだけか?」

「御意にございます」

 レイはサトウから視線を外し、国賓用に置かれた椅子の、赤いベルベットの背もたれを掴んだ。


「贈り物に、値札が付いていたようだが」

「気付きませんでした」

「口頭で伝えたわけではないのか?」

「大変、貴重なお品であることは申し上げました」

「バングルを外す必要がない、と言うことは?」

「……」

「どうなのだ? 伝えたのか?」

「……ミス・メイソンのご配慮かと思われます」

「私はブレスレットを渡すように伝えただけだ。バングルを取り上げて来いなどとは、言っていない」

「御意にございます」

「では、なぜティナはバングルを外した」

「ミス・メイソンのご配慮かと」

「判った。もういい。下がれ」


 一筋縄ではいかない男である。だが、あくまでレイのことを思うが故なので、強行な対応も出来ない。

 ティナを王妃には出来ない。レイはそう判断した。

 だが、現状のまま王国に残すことは甚だまずい。チカコは目的のためなら手段は選ばない女性だ。ティナは爆弾を抱えている。そんな彼女を、チカコの餌食にする訳にはいかないのだ。第一、公にレイがティナを守ることは出来ないのだから。

 

「ミス・メイソンは王妃のティアラをお望みのようです。そのために、バングルをお返ししたいとのことでございます」

 

 サトウにそう告げられた時、嫌な思いがレイの胸を過ぎった。

 ティナを信じて全てを話した――迂闊であったかも知れない、と。

 熱に浮かされたようなキスを繰り返した。挙げ句、一人の女性に足をすくわれるなど、やはり自分も父の子であったかと、レイは自嘲する。

 王国を危機に追い込むかもしれない愚かさに、晩餐の間中、ティナを見ることも出来なかった。

 

 だが、怒りに満ちたティナの目に、何かしら違和感を覚えた。

 そして、ソーヤだ。

 レイには憤懣ふんまんやる方ない表情を見せながら、ソーヤには微笑みかけているではないか。しかも、あれほどダンスは苦手だと言いながら、今にもソーヤの手を取りそうである。レイがどれほどの思いでティナをアメリカに帰そうと思っているか……それも知らずに。

 その瞬間、レイは居ても立っても居られなくなった。 



「失礼致します。……レイ皇太子殿下」

 部屋の隅に控えていたサトウが、再び、今度は自分の携帯を手にレイに近寄る。

「どうした? また日本からか?」

「いえ、国務省報道室からでございます」

 レイの表情が一瞬で曇る。

 アズル王室の公式声明を発表したり、記者からの質問に受け答えをするのが国務省報道室・王室報道官の役目だ。発信だけでなく受信の役割も果たしている。電話は報道官を束ねる報道室の室長であった。


『……私だ』


    

*~*~*~*



 晩餐会の夜から三日が過ぎた。

 ティナはあの夜以来、一度もレイに逢っていない。王宮にも顔を見せず、セラドン宮殿にも戻っていなかった。

 女官長のスザンナ・アライに尋ねてみても、

「さあ、それは……皇太子さまのご公務は、全て公表されている訳ではありませんから。長くおいでにならない時は、海外でのご公務かも知れませんね」

 大したことではない、と平然としている。

「摂政である皇太子殿下が何処にいらっしゃるか判らない、なんて! 不安じゃないんですか?」

「まあ!」

 女官長は声を立てて笑った。

「では、アメリカ国民は、大統領の所在を逐一ご存知なんですか? 皇太子さまも、別に行方不明になられている訳ではございません。下々の者には知らされていない、と言うだけでございます」

 ……確かに、言われたらその通りだ。

 一度、補佐官のサトウを見掛け、レイの所在を尋ねた時、「存じ上げません」ではなく、「お答えできません」と言われたのである。


 そして、ティナにとってアズウォルド六日目の夜――。

 ティナは深い眠りの中にいた。

 彼女は、レイに初めてキスされた真夜中のプールに漂っている。真っ暗の中、レイを探して必死で手を伸ばした。突然抱き寄せられ、目の前にレイの顔があって……。

「ティナ……クリスティーナ」

 聞こえるはずのないレイの声が耳に響いた。水の中で、声など出せるはずがないのに。

「目を開けてくれ。ティナ……私の声が聞こえるだろう……クリスティーナ」

 レイがティナを呼んでいる。彼の『クリスティーナ』の発音がとても好きだった。長音の響きが独特で、背筋を撫でられるような感覚に囚われる。もし、ベッドの上で名前を呼ばれたら、それだけで天国に行ってしまうだろう。

 ティナは夢の中でそんなことを考えていた。

「ティナ、ティナ、時間がないんだ。目を覚ましてくれ」


 ハッとしてティナが薄目を開けた、そこには……。

 宮殿のべッドルーム、キングサイズのベッドで眠るティナの上に覆いかぶさっていたのは――なんとプリンス・レイ、その人であった。





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