表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/49

第30話「王家の瞳」


 ティナはそんなレイの目が怖くなり、思わず顔を背ける。

「ちょうどいい。せっかくだから、もう少し慌てさせてみよう」

「え……?」

 ソーヤは楽しそうな声を上げると、ティナの手を取り、自身の右手を左胸に持っていく。それは、レイがティナにした“誓いの証”であった。


 アズウォルドにおいて、臣下が主君に向かってとる礼であり、裁判で正義の証言や、愛する女性に求婚したりする場合にも使われる。神に、「この気持ちに偽りがあるときは、我が心臓を止めてくれても構わない」そんな意味だ。結婚式でも、それぞれが自分の胸に手を当て、誓いの言葉を口にする。

 若者の間ではもう少し砕けていて、デートに誘う時や恋の告白をする時にも使われていた。

 

「ティナ、僕と踊ってもらえませんか?」

 オーケストラはウインナワルツを演奏している。

 真正面からアズル・ブルーの瞳で見つめられては、どぎまぎして肯いてしまいそうだ。しかし、

「い、いえ。私はダンスがにが」

 苦手だから、と言おうとしたとき、ティナは手を掴まれ引っ張られた。


「ソーヤ、ティナは主賓だ。ダンスの相手はお前ではない」

 これまでにない憮然とした声で、割って入ったのはプリンス・レイであった。



*~*~*~*


 

 ――私たちは踊らなければならない。

 そんな風に説得され、ティナはフロアの中央に立っていた。

 ワルツさえも苦手なのに、更に高度で格調高いウインナ・ワルツだ。回転のスピードがワルツより速く、見た目は優雅だが一曲踊れば息が切れる。ティナは、遙か昔に習った記憶を引っ張り出し、レイに必死でついて行くのだった。


 フロアから離れ、ティナはピッチャーからグラスに水を注ぎ込んだ。曲はゆったりとした三拍子のワルツに変わっている。

 グラスの水を一気に飲み干し、息を吐いた瞬間、ティナは隣に立つレイに気付いた。

「私にも一杯貰えるかな」

「一杯と言わず何杯でも、あなたの国の水ですから」

 レイは呆れたように小さく首を振る。

「判らないな。怒ってるのは私で、君ではないはずだ」

「……?」

「まずは褒めさせてくれないか? 金色の髪とドレスの光沢が重なって、よく似合っている。女神のようだ」

 情熱的な言葉に反して、レイの声は冷めていた。ティナは何と答えたらいいのか判らない。

「それに……深い色のエメラルドが、緑掛かったヘーゼルの瞳を際立たせているよ」

「どうもありがとう。あなたが選んでくれたんでしょう? NYで。でも私に値札はついていないし、値札つきのアクセサリーにも興味はないわ」

「どういう意味だ?」

「そのバングルよ」

「これは、君が自分で外して返したと聞いている」

「あなたが……」


 カッとなったティナが言い返そうとした時、

「失礼致します。殿下――」

 レイの携帯電話を手に、補佐官サトウが後ろから声を掛けたのだった。




 中途半端にレイは居なくなってしまった。

 レイに渡そうと、グラスに水を注いだものの……ティナは所在無げに、それをテーブルに戻す。

「なんだ、また奴か。――サトウはレイの教育係だったからね。いまだに父親気分らしい」

 そのグラスを横からスッと取り、口に運びながらサトウの悪口を言ったのはソーヤだった。

 その時、ティナはアサギ島で聞いた彼の話を思い出していた。ソーヤは、兄が全身全霊で自分を守ってくれたことを知らないのだ。もちろんティナも言うつもりはない。


「レイ……皇太子殿下は、ミスター・サトウのことをとても信頼しているのね。いつも一緒だわ」

 パーティションの向こうに見え隠れする二人の姿を、目の端に捉えながら、ティナはそんな言葉を口にする。そんなティナに、ソーヤは屈託のない笑顔を見せた。

「ティナ、それじゃまるでサトウにヤキモチを妬いているみたいだ」


 背の高さが同じなせいかもしれない。或いは、微妙にイントネーションの違うイギリス英語のせいかも……。ソーヤの声が堪らなくレイに似ている。そして何より、アズルブルーの瞳で見つめられると、ティナはレイのキスを思い出し眩暈がした。


「どうしたんだい、ティナ? 気分でも悪い?」 

「い、いいえ、違うの。あの……レイもそうだけど、あなたも素敵な色の瞳をお持ちなのね」

「ああ、このアズル・ブルーかい。王室の血を引く男は皆、なぜかこの色の瞳になるんだ。ほら、サー・トーマスもそうだろ?」

 ティナはそう言われて、サー・トーマス……スタンライト外務大臣を見た。レイとソーヤの父親の従弟にあたる人物だ。サー・トーマスの父親は第十二代リュウ国王であった。しかし、戦況悪化に巻き込まれ、わずか三十三歳で亡くなる。父親さえ生きていれば、彼が今の国王であったかも知れない。

 野心家の本性は見えつつあるが、基本的には、六十代後半の上品な老紳士だ。所々白の混じった焦げ茶色の髪をしている。だが、瞳は確かにアズル・ブルーであった。


「だから、アズライトは王家の石と呼ばれているんだ。――ああ、そうだ。僕の母が、君に失礼なことを言ったと聞いた。本当に申し訳ない」

 急に真面目な顔になって謝罪され、ティナのほうがビックリだ。

「そんな、やめてちょうだい。立場が違えば、守るものも違ってきて当たり前だわ」

「君が心の広い女性で良かった。母は子供のためと思っているらしい。親に感謝はしているが、自由が恋しい年頃なんだ。判って欲しいね」


 ソーヤは肩をすくめながら、冗談めかして言う。そんな仕草もレイに似ている。

 いや、実際のところ、そう似てはいないのかも知れない。だが、ティナは必死になってソーヤからレイの気配を感じ取ろうとしていた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ