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第23話「哀しい愛の告白」


「ミセス・サイオンジの言うことも一理ある。だから、私は」

「馬鹿なこと言わないで! そりゃ、彼女も被害者かも知れないわ。でも、これだけはハッキリしてる、あなたには何の責任もないってこと」

 真剣に怒るティナの顔を、レイはジッと見つめていた。そして、

「ありがとう」

 嬉しそうに微笑み、ティナの頬にそっと口づける。

「あ、あの……」

「ああ、すまない……つい」

 頬が熱い。ティナはこのままレイに抱きついてしまいそうになる心を叱り付け、必死で話を元に戻した。

「で、でも……それと王妃って」

「ああ、そうだったね。それは――」

 

 チカコはさすがにソーヤを巻き込んだことを反省し、後の始末をレイに委ねる。

 レイにとって兄は遠い存在だった。両親に叱られるから、兄も二人の姉もレイには近づいては来ない。しかし、ソーヤは違った。

 ひとつ下の彼は、自分で船を動かせるようになると、度々本島のレイの元を訪れるようになる。王子の身分がないため、正面から王宮を訪ねることも出来ず、公式の場では並んで立つこともない。だが、それに悲嘆することも、かといってひねくれることもなかった。

 そして、我侭な母を放り出すこともしない――レイの中でソーヤほど純粋で優しい人間はいなかった。そんな弟を罪に陥れるような真似だけは出来ない。

 レイは違法を承知で、兄の自殺未遂と、既に国事行為が不可能な状態であることは国会と国民に報告しなかった。『レイの結婚を持って譲位』という条文はこの時追加されたのである。


「私の結婚が二度も延期され……そのせいで彼女の中の悪い虫が騒ぎ出したようだ。突然、陛下には新しい王妃が必要だと言い出してね。国民は事情を知らないから、皆、国王の為なら、と賛同し始めたんだ」

「でも、失礼ながら、今の国王陛下にご結婚やお子様がお出来になるとは……」

「ああ、だから……おおそれながら、陛下の精子を取り出して体外受精で王妃となった女性に後継者を産ませるつもりなのだ。そんなことに利用された女性は、決して幸せにはなれないし、子供もそうだ」

「……レイ?」

「私の父は後継者を生すまで、半ば強制的に母のベッドに送り込まれたそうだ。王族の定めではあるが……」

 そう言うと、海を見つめ、彼は悲しげに微笑んだ。


 波が少し高くなったのか、水際に立つレイの靴を濡らし始めた。彼も気づいて、少し後退する。そして、言い難そうに、彼は口を開いた。

「彼女より先に、王妃を決めてしまおうと思った。私の婚約者が日本人である以上、王妃はアメリカ人が望ましい。リーマンショックで経済危機に瀕してる合衆国に、援助を条件に紹介してもらった花嫁が……君だ」

「あの――八年前の事件のことをご存知だと仰いましたよね? それならどうして?」

 それがティナには不思議だった。誰もが、あのチカコのように思うはずである。

「君は傷ついていた。一生、結婚も望まず、独りで過ごすと周囲に話していた。私は君に、図書館よりもっと快適に過ごせる――避難場所を提供できると思ったんだ」


 ティナはやっと得心が行った。この島で、孤独に耐えられる女が必要だったのだ、と。昨日の夜も、ついさっきも、可哀想な女に同情してプリンスが「キスを与えた」のだ。

 普通なら、「バカにしないで!」と言う所だろう。だが、ティナには言えない。

 そして、彼女は決意したのだった。


「そうね。ここは素敵だし……このビーチなら人目も気にせず泳げそうだし、ね」

「ティナ?」

 レイは不審気な声を上げる。ティナが何を言いたいのか判らないようだ。

「私、お受けします。国王陛下の妃になります」

「何を……自分が何を言っているのか判っているのか?」

「もちろん。どうしたの? そのために私をここまで連れて来たんでしょう?」

「それは……しかし、なぜだ? 君は兄の妃になるんだぞ。それでも、平気なのか?」

「……レイ?」

「だったら、なぜ? なぜあんなキスを。私のキスに応えてくれたんだ!?」

 これまでの冷静さをかなぐり捨て、レイは叫んだ。

 そしてティナの答えは――


「あなたが好きだから。愛してるからよ。初めて逢った時から、好きになってしまったの。ああ、判ってる。あなたには婚約者がいるって。でも、あなたの力になりたい。役に立ちたいのよ……レイ」

 

 それは生まれて初めての愛の告白だった。

 叶わない恋――でも、一生誰も愛せないと思ってきたのだ。そんな彼女にとって、「誰かを愛して、愛を伝えられたこと」は、これ以上ないほどの幸福であった。

 だが――レイはスッとティナから離れ、顔を背けて言った。

「君は兄上の王妃に相応しくない。今回の話はなかったことにして欲しい」

「どうして? どうしてなの、レイ」

 思わず、ティナはレイの腕に触れ……その瞬間だ。


「どうして!? それを私に答えろというのかっ!」

 そう叫びながら、レイはティナを抱き寄せた。

「あ……やめて、もう、やめて」

「昨夜、私をベッドに誘い……今また、愛を告げながら、兄の妃になるというのか?」

 レイはティナを離そうとせず、二人はもつれ合うように数歩よろける。

「レイ……お願い、そうじゃなくて」

 襲い掛かるように、レイはティナの唇を奪う。

 押し退けようとするティナの腕を掴み、逆にレイは押さえ込もうとする。その時、波が二人の足をすくい、抱き合って倒れ込んだ。

 ふと気付けば、二人はずぶ濡れで……それでもティナを庇おうとしてくれたのか、レイの上に座り込む形で抱えられていた。これが冷たい水なら、熱を冷ましてくれたかもしれない。だがレイの前髪から雫が滴り落ち、ティナの中に芽生えた恋の情熱を呼び起こして……。


「ティナ……君を選ばなければ良かった。君に逢いたくなかった。君を……」

「レイ!」

 今度はティナがレイの口を塞いでいた。





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