第22話「国王の真実」
「レイ。あの、何と言ったらいいのか……。陛下に、ご挨拶するべきかしら?」
「いや、もういいだろう。出よう――兄上、失礼致します」
レイはそう言って兄に声を掛けると、右手を左の胸に当てる。ティナも軽く膝を折り、小さな声で「失礼致します」と口にするのであった。わずか数分、ティナは国王陛下との謁見を終え、二人は巨大で荘厳な病室を後にした。
二人は竹林のあった裏庭ではなく、海岸に下りた。
そこは、王室のみが持てるというプライベートビーチである。整然と管理され、真っ白な砂浜が広がり、誰の足跡もない。太陽の降り注ぐ砂の上をレイは海に向かって歩いて行く。ティナも後に続いた。それは、まるで新雪に足を下ろす気分だ。もったいなくもあり、少し嬉しい。
だが、レイの瞳は翳り、そのせいか海の色まで哀しそうに見えた。
「これから話すことは、国家機密だ。いいかな?」
「は……い」
レイは極めて重い口調で語り始めるのだった。
~☆~☆~☆~
「兄上はテロにより重傷を負われた。それは周知の事実だ。問題はその四年後――」
妻子を失い、自身も多くの機能に障害が残った。そんな状態で、シン王子は弟の懇願により、国王に即位したのだった。
だがこの時、彼は未来への希望を全て失っていたのだ。レイもそんな兄の心と体を案じ、充分に注意していたはずだった。しかし……事故からちょうど四年後、妻の命日に彼は首を括ったのである。
しかも間の悪いことに、レイは海外訪問中で長期間国を不在にしていた。兄を発見したのは母、チカコであった。
「彼女は兄上の事件を私に報告しなかったのだ。帰国後、王宮医師ドクター・ラスウェルからの報告でそれを知った。私が駆けつけた時、兄上は植物状態に陥って一ヶ月も経っていた。私がそれを公表しようとしたとき……」
「自殺なんて! ……そんなことが知れたら、陛下の名誉はどうなるの?」
チカコは息子を庇った。
祖父の推進したカトリックへの改宗が、国民に広まりつつある時期だった。そんな中、手本となるべき王族は、長きに渡り離婚や庶子の問題に揺れていたのだ。しかも、国王自らが自殺。未遂とはいえ、カトリックにあるまじき大罪である。
さらには、国策であるはずだった観光事業もテロにより下降線を描いていた。
頼みの綱は、レイの推し進めた海底油田の発掘である。国際協力により成果が表われ、さあこれから、と言う時だった。逆に言えば、油断すればその権利を大国に奪われかねない時だったのだ。
それは個人の損得で計ることは出来ない。国家国民の為にも慎重に決断すべき問題である。
ところが、彼女のしたことはそれだけではなかった。
レイの知らない一ヶ月の間に、恐ろしい問題を起こしていたのであった。
国王が自殺未遂を起こし植物状態に陥った。それらを公表した時は、皇太子が勅命文書を偽造し国家を謀ったことが明らかになる。
そんな筋書きを考えたチカコは、スマルト宮殿の仮執務室から、皇太子のサインと国璽を無断借用した。それにより、勅命文書を偽造したのである。
しかも彼女は、偽の勅命により、次男ソーヤを通じて軍を動かしてしまったのだった。
当時、ソーヤは二十一歳。海軍に配属されたばかりの新兵であった。とはいえ、前国王が認知した息子。しかも、現国王の実弟である。上官とて一目をおいて然るべき立場であったことは否めない。しかし彼は、外遊中の皇太子に代わり勅命文書を届ける、というミスを犯してしまっていた。
ソーヤは兄の事件は何も知らされず、そして今も知らない。
静養中の国王を見舞うことは少なくなかったし、それまでにも伝令の役目は果たしていた。無論、兄からの勅命は常に直接受けていたのだ。だがこの時に限って、ソーヤは苦手な母に急き立てられ、確認を疎かにしてしまったのだった。
「陛下の名誉を貶めようとするなら、あなたも一蓮托生だわ! 文書にはあなたの名前があるんですもの。あなたが……」
チカコの企みを知り、レイは珍しく血相を変え怒鳴った。
「あなたが嵌めたのは私ではない! あなたの息子だ! 私は自分の潔白を証明できるが、彼は、母と結託して王位を狙ったとされるだろう。なぜ、ソーヤを巻き込んだ! 国事文書の偽造、同遂行、国家反逆罪で彼は死刑だ!」
その言葉にチカコは驚いた。そして、彼女は女の……母親の武器を駆使してレイに泣きついたのだった。
「あの子に届けさせた方が信用されると思ったのよ。わたくしには何の身分もないんですもの。国王の生母なのに……かつて皇太子妃として住んでいた王宮に、今は出入りすることすら出来ない。ソーヤも同じよ! 前国王の息子なのに、庶子として扱われ……。わたくしたちは国のために犠牲になったのよっ!」
チカコは、更にレイの痛い所を責める。
「どうしてなの? どうして、この国には寄り付こうともしない女が王妃……今は、王太后なの? テロだってあなたのせいじゃないの!? あなたを国王にしたいアメリカが、あの大学生たちを煽動したに決まってるわ! あなたが生まれたばかりに、皆が不幸になったのよ! わたくしから身分を奪っただけでなく、夫も息子たちまで……悪魔はあなただわ……あなたが陛下を自殺にまで追いやったのよっ!」