第21話「謁見」
「――申し訳ない」
言うなり、レイはスッと頭を下げた。そして、
「彼女に会わせるつもりはなかったのだ。だが、いつも突然現れる人で……対処出来なかった。不快な思いをさせて本当にすまない」
「い、いえ。私は……」
そこまで言って、ティナは右手首からバングルを外し始める。
「ダメだ。外してはいけない」
その様子を見たレイは慌てて制止しようとする。
「いいえっ! やはり私が頂くものではないんです。どうか、あなたの本当に大切な方に」
「ダメだと言っている。それは君のものだ」
「やはり、来るべきじゃありませんでした。あなたは私が相応しいと仰ったけど、あの方の仰るとおりです。陛下もあなたも、この国も笑い者になってしまうわ。私みたいな、汚れた女が……」
「君のどこが汚れている!? 君は気高く、美しく、真面目で勇気もある。私は、君ほど魅力的な女性に逢ったことはない。君は太陽の光を集めた髪を持つ、天使だ」
自分の口から零れたとは思えないほどの台詞であった。その、あまりに情熱的で圧倒的な言葉に後押しされ、レイはティナのほうに踏み出した。
逆に、ティナは慌てて後退しようとする。その瞬間、レイは彼女の腕と腰を掴み引き寄せたのだった。
レイの強い力に、ティナは体当たりするような勢いで彼の胸に飛び込んでしまう。
――瞬時に、二人の中に昨夜のキスが甦った。
ティナは、胸の奥深くにある閉ざされた扉を押し開けた。そこから熱い風が体内に流れ込み、彼女の全身に吹き荒れたのである。
思考は感情に取って代わられ……本能のままに腕が彼の背中に回り、ギュッと掴んだのだ。
それが合図だったように思う。
レイの指が金色の髪に絡まり……ティナの視界に彼の唇が映った瞬間、それは重なった。冷たい水の中より激しく、甘く、微かに開いた口元から、ティナの中に侵入する。迸るような感情の激流にティナは飲み込まれ、細胞の一つ一つまで、レイの色に染め上げられた。
腰に回されたレイの手は更に力を増し、二人の体は境界線が判らなくなるほど、ピッタリ寄り添った。この時、レイの体は、昨夜以上に不適切な状態を示していたのだった。
コンコン――。
ドアをノックする音に、一気に現実に引き戻される。二人は慌てて、まるでコントのような勢いで、相手から飛び退いた。
「失礼致します。新しいお茶をお持ちいたしました」
入ってきた、メイドは皇太子の姿に驚き、
「申し訳ありません。すぐに、殿下にもお茶を」
「いや、いい。下がりなさい」
メイドは深くお辞儀をすると、部屋から出て行く。
――二人の間には無言の気まずい時間が流れた。
沈黙を破り、口を開いたのはレイだ。
「ティナ。君に、兄上に逢ってもらいたい」
静かにそう言ったのだった。
~☆~☆~☆~
ピコン、ピコン、ピコン、ピコン……
生命維持装置は、絶え間なく一定のリズムを刻んでいた。その様子からは、かなり深刻な事態を思わせる。だが……思いのほか軽快な音が、ティナに状況の把握を遅らせたのだった。
大きな窓からは、太陽の光に煌いたアズルブルーの海が見える。しかし、その窓は開閉不可能で、外からは光を反射させ中が見えないようになっていた。
その真っ白い部屋の中央に特殊なベッドが置かれ、一人の男性が横たわっている。そう、まるでSF映画に出てくるコールドスリープベッドのようだ。ベッドの下からは何本ものコードが出ていて、それらは生命維持装置に繋がっていた。
男性の髪はレイのチョコレート色よりも濃いチャコールグレーだ。閉じたままの瞳の色は判らない。横たわる手足は恐ろしく細く……頬は扱け、肌や唇の色からも生気は感じられなかった。言葉は悪いが、死んでいるようで……ティナは一瞬、ゾッとした。
「アズウォルド王国第十五代国王――シン・ジャコブ・ウィリアム・アズル陛下――私の兄だ」
その姿は素人のティナにも、静養とか、回復途上とかのレベルではないように見えた。
「御意により~」「陛下と相談の上~」など、レイがマスコミに向けて出す声明が、全て偽りだったことを知る。
レイはメイソン邸で……「あなたを選んだのは陛下ではなく、この私だ」と言った。その言葉の意味が、ティナにもようやく理解出来た。シン国王は、自ら妃を選べるような段階ではないのだ。国王の母・チカコは「愛する女性がいる」と言ったが、あれは嘘だろう。もちろん、世継ぎなど見込めるはずがない。
(どうして今さら王妃が要るのかしら?)
――ティナにはそれが不思議でならないのだった。