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第20話「傾国の魔女」


「あなたが、陛下の婚約者ですって?」

 そこに立っていたのは、どこから見ても日本人という典型的なアジア人女性だった。年齢は六十代だろうか。目を細めて、蔑むようにティナを見る。その瞳は、暗く澱んでいた。

「あの……失礼ですが」

「わたくしは国王の母です。控えなさい」

「あっ、申し訳ありません」

 ティナは慌てて立ち上がり、ソファより後方に下がった。


「私は、クリスティーナ・メイソンと申します。レイ皇太子殿下のお招きで、こちらに」

「ああ、いいわ。あなたのことは調べました。説明は要りませんよ」

 まるでハエでも追い払うように手を振って、国王の母、ミセス・チカコ・サイオンジはソファに腰掛ける。

「それで……あなたにはどんな特典があるのかしら? あのペテン師は、あなたに何を約束したの?」

「は?」

 ティナにはサッパリ判らない。

「レイはあなたに何を上げると言ったのかしら? お金? それとも地位? 或いは、この国でマスコミから隠れて自由に暮らせる権利、とかかしら」

 マスコミに、の言葉にティナの鼓動は一気に高まった。ティナのそんな様子に含み笑いを浮かべつつ、チカコは更に言い募る。

「アメリカ人なら誰でもいいんでしょうね。全く、信じられないわ! 王妃にこんな穢れた娘を連れて来るなんて! 国王を蔑ろにしている証拠よ!」

 その台詞に、ティナの手足は震え俯いたままになる。それを見て、チカコは自分が勝ったと思ったのだろう。途端に舌なめずりするような声を出し、立ち上がってティナに擦り寄った。


「ねえ。ご存知かしら? 陛下には愛する女性がいらっしゃるのよ」

「ま、まさか、そんな」

「それがね、日本人女性なの。お気の毒だと思わない? 愛する方がいるのに引き裂かれて……。それに、国王として王宮に戻りたいのに、レイに阻まれておいでなのよ。ほら、陛下が再婚してお世継ぎが出来れば、あの男に王位は行かなくなるんですもの」


 陛下に愛する女性云々は、ティナも信じた。でも、レイに限ってそんなわけはない。彼が、国のことを話すときや、兄のことを「陛下」と呼ぶ声などは、ひどく愛情溢れたものだ。王位が欲しくて動いてるようには決して見えない。


「それは……それは違うと思います。皇太子殿下は素晴らしいお方です。そんな、私利私欲のために動かれたりは」

 必死で言葉を選び、レイを庇おうとしたとき――突然、チカコに右手首を掴まれ、シャツの袖を捲り上げられた。ティナはビックリして腕を引いたが……。

「まあ、やっぱり、そういうことなのね! 信じられないわ。ご自分の愛人を、陛下に献上しようだなんて!」

「違います! 私は」

「何が違うと言うの? そのバングルがいい証拠だわ! ああ汚らわしい。婚約者がいながら金髪女となんて……。まあ、わたくしから夫を寝取って、王妃の座まで奪った女の息子ですもの。それくらいのことやりかねないわ!」


 ティナは必死で頭を回転させ、言い訳を考える。

「これは、これは、家族に……そう、私がお話をお受けしましたので、その証にと。兄嫁となる私を家族と思ってくださったものです。そんな変な意味では」

 チカコはそんなティナの言い訳を鼻で笑った。

「あら、ご存じないようね。子供に、というのは付け足しただけ……以前は大事な女性に渡したいとハッキリ言っておられたわ! きっと、その女性との間に出来た子供に引き継いで欲しいってことなのでしょう。――あなたっ、まさか、あの男の子供を妊娠しているのじゃないでしょうね!? それを陛下のお子とたばかって」

 ティナはあまりの言われように、カッとなり怒鳴り返そうとした。



「ミセス・サイオンジ、邪推にもほどがあります。ミス・メイソンに謝罪してください」

 その言葉と共に、開け放しのドアから姿を現したのはレイであった。彼の表情は強張り、その目には国王の母に対する怒りの感情が渦巻いている。だが、声は極めて冷静なものだった。


「わたくしは事実を申し上げてるまでですわ。フサコ皇太后から頂いたバングルを渡すなんて、よほどのことがないと……」

「よほどのことではありませんか? あの兄上に嫁いで下さると言うのです」

「陛下の新しいお妃は、わたくしがお連れしておりますわ。先の妃も日本人でしたし……あの怪我以前に面識のある方ですのよ。何度かお会いして、陛下も快く思われておいででした。きっと、今度こそお子にも恵まれて」

「いい加減にして下さい! これ以上、兄上を冒涜するなら、私にも考えがある!」

 

 レイと国母チカコは正面から睨みあった。話の内容は、ティナには良く判らないものだ。しかし、レイの怒りは限界を超えたように全身から溢れ出ていた。

 ティナはこの時、レイの本質は感情豊かで、大声で笑ったり泣いたり怒ったりする人に違いない、と思った。普段、彼は極限まで自分の感情を抑えている。昨夜の彼が素顔ではなく、あれは、ほんの一端を垣間見せたに過ぎないのだ。おそらくは国の為……。

 ティナ自身、あの事件以来、出来る限り感情を抑えて来たから判る。きっと、彼はもっと幼いうちから……。


「そのお連れした日本人女性は、あなたの一存で入国されてますね。正式な手続きを踏まれていない」

 咳払いを一つすると、レイは平静を取り戻した。

「そ、そんなこと。わたくしは、先の陛下より……」

「よろしいですか? 明日中に日本に帰国させて下さい。その女性をこの島に連れて来た場合、又は、明後日も我が国に滞在させた場合、不法入国として強制送還・無期入国停止の処分を致します」

「出来るはずがないわ! そ、そんな真似をしたら、わたくしが知ってることを全てマスコミに」

「出来ます。私はアズウォルド王国の摂政で皇太子です。国家と国民を守るためなら、手段は選ばない。いいですか、ミセス・サイオンジ、私がやると言えば、必ずやります」


 冷静な口調とは裏腹に、そのアズルブルーの瞳には怒りの熱を煮えたぎらせていた。さすがのチカコも気圧けおされたのか、渋々引き上げる。

 だが……、

「その汚らわしい女だけは反対です! 世界中の半分の人間が、下着の中まで知っていると言うではありませんか!? わたくしの陛下が笑いものになってしまうわ! それだけは、許しませんからね」

 吐き捨てるように言い、応接室を出て行くのだった。





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