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第17話「全裸のプリンス!?」


 ティナが様々な考えを巡らせていた、その時――テラス側の大きな窓越しに、車のヘッドライトが見えた。

 セラドン離宮は王宮の敷地内にある。国賓用のスウィートからも見えたなだらかな坂道を、車がゆっくりと進んでくる。ここを目指していることは間違いないようだ。

 ティナは立ち上がると離宮の玄関に向かった。


 深夜の静寂を壊さぬように、そっと車は玄関前に停まる。

 玄関脇のガラス越しに運転席から降りる人影が……そのまま反対側に回りこみ、その人物は後部座席のドアを開けた。おそらくは運転手であろう。

 後部座席から降り立ったのは一人だけであった。

 そして、運転手をねぎらう小さな声が聞こえる。――レイだ。

 他には誰の声も聞こえず、人影も見えない。どうやら、事務官や警護官は門前で降ろして来たようだ。

 ティナはドキドキして、その玄関ドアが開くのを待ちわびた。

 

 しかし、待てど暮らせど誰も入ってこない。

「どうして? どうなってるの?」

 自分から出て行くべきか試案するティナを置き去りに、レイは裏庭のほうに回ってしまう。

「え? ヤダ……嘘」

 とりあえず、ティナはそのまま元の応接間に戻った。そして、テラスの大きな窓を開け、中庭に下りる。


(こっちに来たはずなのに……何処に行ってしまったの?)

 口の中でブツブツと呟きながら、ティナは裏庭を奥へと進んだ。垣根の向こう側は確かプールだったはずだ。こんな時間に泳ぐ人間もいないだろうが。そう思いつつも、何気なく小枝を掻き分け覗き込んだ。

 そんなティナの目に飛び込んだのは、ネクタイを解き、真っ白いシャツを脱ぎ捨てるレイの姿だった。

 日に焼けた褐色の肌が夜目にも眩しく……。


「誰だっ!」

 気配を感じたのか、レイは振り向き、鋭い声で誰何すいかした。

「あっ……。あの、おかえりなさいませ。えっと」

 あまりに間の抜けた声に、ティナは恥ずかしくなる。しかし、半裸のプリンスに目は釘付けだ。失礼だと判っていてもレイから視線が離せない。

「君は……。どうしたんだい、ティナ。王宮のベッドは寝心地が悪かったのかな?」


 それはあり得ない。天蓋付きの国賓仕様のベッドだ。たとえ、王族であっても、不満を漏らす客はいないはずである。

 世界最高水準のマットレス。この国の気候に配慮した、肌触りの心地良いシルクサテンのシーツ。バングルのことがなければ、とっくに夢の中だろう。


「女官長やこちらの皆様からもお聞きしました。祖母上さまのこと。そして、その方からこのバングルをいただいた、と。あの……」

「だから?」

「だから……ご自分の子供や孫に伝えたいって、そう仰ってたんでしょう? それなのに、私なんかに」

「……」

「あの、レイ? ……プリンス・レイ。やっぱりいただけません。それに、あなたを呼び捨てにすることも」

 何も答えず、レイはおし黙ったままだ。


 どれくらい時間が過ぎたのだろう? ティナはレイの動く気配に顔を上げた。すると、レイはベルトのバックルに手を掛け……なんと外し始めるではないか。

「えっ? あ、あの……」

「泳がないか?」

「は?」

 唐突な問い掛けに言葉が続かない。

 だが、ティナの返事を聞く前に……レイはスラックスのファスナーを下ろし、なんと下着とともに脱ぎ捨てたのだ。

 ――全裸、である。


「なっ! なんで脱ぐんですかっ?」

「服を着て泳ぐ趣味はない」

「じゃ、じゃあ、水着とか……」

「取りに行く時間が無駄だ」

 レイはそのまま一気にプールに飛び込んだ。


 標準的な二十五メートルプールであろう。飛び込みも出来るのか、踏み切り板があった。その高さから換算すると、深さは標準以上らしい。

 一体、レイはどうしたというのだろう。時間は深夜の十二時を回っている。公務から戻るなりプールに飛び込むとは……。それとも、これは普段通りの行動なのだろうか?

 それは、ティナが想像したレイの行動とはあまりにかけ離れていた。

 だが――彼の裸身は、まるでダビデ像のように美しい。筋肉のバランスが絶妙で、神が彼を創造したときに、決して手を抜かなかった証拠だろう。


「ティナ! おいで。一緒に泳ごう」

「そんな、無茶です! 水着がありません」

「必要ない。心配はいらないよ。襲ったりはしないし、暗くてよく見えないさ」


(いいえ! ちゃんと見えてます!)

 そう言いそうになり、慌てて口をつぐんだ。今夜は新月だ。確かに月明かりはないが、宮殿を照らす灯りはレイのボディラインを綺麗に浮かび上がらせている。

 レイは、ザッと水を切って泳ぎ始める、バタフライで泳ぐ姿は、水の中を飛んでいるように美しい。何度も往復する姿を、ティナはうっとりと見惚れていた。

 しかしその直後、不意にレイの姿が水中に掻き消えたのだ。


 溺れたような感じではなかった。どうやら自分から潜ったらしい。一瞬ドキッとしたが、ティナはレイが浮き上がってくるのを待つことにしたのである。



 一分が過ぎる……そのまま一分三十秒、そして二分が過ぎた頃、ティナの鼓動はスピードを上げた。


「プリンス? レイ皇太子? いい加減上がって来て下さい!」


 水中に聞こえるはずがないのに……ティナは思わず叫んでいた。

 三分……四分が過ぎた時、彼女はいてもたってもいられなくなる。


「レイ! レイ! 何処なの? 戻ってきて、レイ!」


(どうして上がって来ないの? どうして急に潜ったりしたの? 訳が判らない。たった今まで綺麗なフォームで泳いでいたのに……)


 とうとう五分を回った。

 ティナは長袖のシャツとパンツを脱ぎ、下着姿のままプールに飛び込んだ。





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