第15話「テロの生んだ悲劇」
ソーヤの誕生は、祖父と父の関係に修復し難い亀裂を生む。
それをきっかけに、父は皇太子でありながら王宮に住まず、チカコと二男二女とともに、ほとんどをアサギ島か日本で過ごすようになる。
その行動に、ついに祖父は父の廃嫡を議会に提出した。その際に、息子の長男は正式な婚姻前の懐胎であったことを理由に後継から外し、レイを皇太孫にするつもりで動いたのだった。
当時、国政を蔑ろにして、一人の女性に骨抜きになった皇太子に議会や国民は愛想を尽かしていた。また、幼い頃から祖父である国王に厳しい帝王学を叩き込まれ、常に国民と共にある姿勢のレイ王子に人気は集中する。とくに、成人した後も母の顔色を窺うばかりの異母兄とは比べるべくもなく……。
だが、議会の承認を得る寸前、一九九三年、祖父は病で倒れ帰らぬ人となる。レイはその時、わずか十四歳だった。
その後、皇太子であった父が即位したが……彼はカトリックを盾に、「チカコとの離婚は無効、よってルビーとの結婚は不成立」と唱えた。政策もそこそこに、父はチカコを王妃にすることだけに奔走する。その行動は、海外の公式訪問にチカコを同行するなど、いささか常軌を逸したものであった。
国も夫も子供も無視して、プリンセスの称号で欧州の王室を渡り歩いていたルビー王妃だったが……。さすがに、称号を奪われそうになり反撃に出る。チカコに国外退去を求める裁判を起こすなど、まさにアズウォルドは王室を舞台に修羅場と化して行った。
だが――その事態は最悪の形で終止符を打たれたのだ。
一九九七年四月二十三日。当時レイはイギリス・バークシャー州のイートンカレッジ最終学年に在籍していた。友人らと、ペルーの日本大使館立てこもり事件が解決して良かったと話していた時、母国で爆弾テロがあり“国王崩御”の速報が流れた。
犯人はアメリカ系アズウォルド人、大学生四人の犯行であった。
レイの父は国民の不満に耳を傾けず、国内で起こるテロの可能性などまるで認識していなかった。犯人らは、警備のシステムも人数も十分でない王宮に、手製の時限発火式爆弾を仕掛けたのである。彼らの犯行声明は、「王妃を蔑ろにし、愛人を王宮に連れ込む国王を排除する。レイ王子こそが真の国王である。彼からプリンスの称号を奪おうとする魔女に神の制裁を」というものであった。
国の未来を憂いての行動とはいえ……。
当時の王宮は老朽化しており、それが更に被害の度合いを深め、多くの罪なき者の命を奪う。
レイの父であるソウ国王は、在位わずか四年、五十七歳の若さで亡くなる。即死であった。彼らが“魔女”と呼んだチカコは、その魔力を発揮したのか当日体調を崩し、アサギ島に残り事なきを得る。代わりに、王を訪ねた長男シン王子(現国王)夫妻が巻き込まれた。
シン王子は重傷、結婚二年目になるケイコ妃は死亡……彼女のお腹にいた小さなプリンセスも助からなかった。
警備担当者や政務官、その他関係者を合わせると、九名が死亡、二十二名が重軽傷を負うという大惨事になったのである。
父は即位後すぐ、チカコのためにも長男シン王子を皇太子にしようとした。
だが、議会はレイ王子を皇太子に推薦したのだ。そのため、最悪なことに後継者の席が空いたまま……国王崩御となってしまった。
国政は混乱をきたし、このままではまた、大国の内政干渉を受けることになる。
本来ここで立ち上がらねばならないのが、当時二十八歳のシン王子であろう。だが彼は、自身も頭蓋骨骨折、脊椎損傷という大怪我を負い、加えて、妻子を失ったショックで、回復すら危ぶまれていた。
アズル王室の男子はレイの他に――当時十七歳のソーヤ・ジャック・サイオンジ、亡くなった父の従弟で当時五十五歳のリューク・トーマス・スタンライト。この二人だけだった。しかし、彼らは庶子で継承権を持たない。だが、混乱が続けば、血統を理由に継承権を主張してくるかも知れない。まさしく、シン王子が命を落とす事態を想定して、チカコはソーヤを後継者とするべく日本政府に動きかけていたくらいだ。
それを察知してレイは兄を王位に就けた。日米双方の顔を立てるべく、自身が皇太子になり、兄の回復までを条件に摂政に就任する。
しかし、その後状況が変わり、現在では『国王の崩御に伴い新国王の即位』という原則を外し、レイの結婚を持って譲位と決められているのだった。
問題は、その“変わった状況”であろう。
それは――出来る限り、いや、何があっても、他国には知られたくないものであった。国の存続と平和のため、国民の安全な生活を守るため、自身の判断が間違っていたとは思わない。
だが、様々な真相が暴かれた時、『Asian prince』と親しみを持って呼ばれるレイの名誉は間違いなく失墜する。
真実を知るものはレイと補佐官のサトウ、王宮医師のドクター・ラスウェル、そして、そもそもの原因を作ったミセス・チカコ・サイオンジだけであった。