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第12話「国賓扱い」


「本当は判っているはずだ。しかし、君の想像とは違うよ」

 反論しようとしたティナの口元に、レイは人差し指を押し当てた。


「私の祖父である先々代のコウ国王は、国民全体のモラルハザードを食い止めようとした。国教をカトリックに定めて、王族が率先して洗礼を受けたんだ。だから私たちは皆、敬虔なクリスチャンなんだよ。売買春の禁止法を制定し、違法者は厳しく罰した。一時期、“買春ツアー”などと言って訪れる観光客もいたが、彼らの中から逮捕者が出たことで、次第になくなって行ったんだ」


 レイは目を細め、車窓から見える街並みを愛しそうに眺める。

「売春は貧しさゆえの行為だった。だから、貧困層を優先して公務員に採用した。我が国では、国民の半数はなんらかの公務員の肩書きを持っている。ようやく、その世代が親となり、子供に……性は売り買いするものではないこと、合意にのみ行われること、そして、結婚後に行うのが最も望ましい、と伝え始めているんだ」

 その言葉に、ティナは顔をしかめた。

「――ずるいわ。だから、私がこの国の王妃に相応しい、と?」

「いや……願わくば君の口から、将来愛する男性と結婚したい、そう言って欲しいと思っている」

「レイ?」

 レイ皇太子は喉の奥から押し出すように言うと、窓の外を見たまま黙り込む。――ティナはその言葉の意味が長く判らなかった。


 だがこの時、このままレイの傍に居たい、彼の役に立てるなら、どんなことでもしたい。ティナは、そう思い始めてしまう。そしてそれは、レイの理性とは真逆なのであった。



~☆~☆~☆~



 ホテルに案内されるとばかり思っていた。だが、ティナが通されたのは、なんと王宮であった。


 ビジネスタウンを通り抜け、レイとティナを乗せた車は郊外に出る。三十分後、正面に見えたのが白亜の宮殿であった。

 以前は、もっとこじんまりした建物だったらしい。だが、テロによって破壊された後、レイの指示でバッキンガム宮殿並に建て替えられたという。確かに国力の高さは示せるだろう。

 ティナはその王宮内の、最上級の部屋に通された。

 メイソン家はアメリカ有数の大富豪だ。普段表に出ることのないティナでも、およそ、セレブな扱いには慣れている。だが……さすがに国賓待遇でもてなされたことはなかった。

 しかも、もてなしてくれた相手は、身分から何から桁違いなのだ。ブルネイ国王と総資産の首位を争うアズウォルド王国の実質的な権力者となれば……。



 まず、部屋に一歩足を踏み入れ、最初に目を奪われたのが、中央にある噴水だった。

 室内である。決して中庭とかではない。なぜ? と恐る恐る近づくティナに、女官長で王宮の国賓接待役を勤めるスザンナ・アライが荷物を下ろしながら教えてくれた。


「ポンプで汲み上げた地下水でございます。お飲みになれますよ」

 ティナの母より若いだろう。日系というより、東南アジアを思わせる肌の色と顔立ちであった。彼女はティナを見てニッコリと微笑む。


 ティナは、この部屋の賓客とは思えないほど、小さなボストンバック一つしか持って来ていなかった。だが、この女官長だけでなく、王宮の職員全員がティナを好意的な笑顔で迎えてくれた。

 おそらくは、レイから説明を受けているのだろう。だが人目のない場所でも、決して粗略に扱われることはなかった。

 人間の裏表を知り尽くすティナにとって、それは新鮮な驚きである。レイからも感じ取れる国民性かも知れない。そう思うと、ティナの心は明るくなった。


「でも、部屋の中にどうしてこんな……」

「お部屋が天然のマイナスイオンで満たされますし、火災の時は、この水を使った自動消化装置が設置してあります」

 各階の廊下の中央には小川が流れているという。最先端の設備と自然の融和とは、よく言ったものだ。 


 室内は全てがロココ調で統一され、白の中にゴールドがちりばめられた印象であった。あちこちに置かれたカウチやソファーは、何人の客を想定しているのか、ティナには見当もつかない。

 壁には陶器で作られた天使のレリーフが飾ってあった。およそ、名のある作者の作品だろう。それはクリスタル製のシャンデリアの灯りに照らされ、神秘的な影を作っていた。

 そして、同じくシャンデリアの光を受け煌くものにティナは目を止める。それは、壁際に置かれたディスプレイ用のキャビネットだった。ガラス越しに放たれた青い光は……。


「あれは……ひょっとして、アズライト?」

「はい! ご存知でございますか!?」

 女官長の声が一オクターブ跳ね上がった。

「ええ……レイ、皇太子殿下からお聞きしました。それに……」

 さすがに呼び捨てはまずいだろうと、慌てて敬称を付ける。そして、バングルを頂いて、と言おうとした瞬間、ティナは女官長の口から信じられない言葉を聞いたのだった。





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