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第11話「ティナの過去」


 死刑がある、というのにも驚いた。だが、それ以上に……レイが何を言わんとしているのかがよく判った。うろたえた姿は見せたくない。

「量刑が重いんですね。でも、死刑は……」

「性犯罪者にはとくに重い刑罰を科しているんだ。――君も調べたなら、こんな記述があっただろう、アズウォルドは“売春王国”だ、と」



 平地が少なく、サバナ気候のこの国は農作には適していない。当然のことながら、古来から漁業で生計を維持してきた。

 しかし、珊瑚礁に囲まれた大陸棚から外海に泳ぎ出ると、そこはサメの周回コースであった。かなりの犠牲を出しながら、それでも彼らは海で生きる糧を得てきたのだ。

 ところが、太平洋を舞台に戦争が始まった。敵国からの保護を名目に、豊かな漁業権は大国によって取り上げられてしまう。そして、命懸けで得たわずかな魚介類すら、彼らが口にすることはなくなったのである。

 その結果、この国では最も古いと言われる職業に従事するものが増えていく。戦争で父や夫を失った者は、そのほとんどが慰安婦に身を落とした。貧しさのあまり親が娘を売るのが当たり前のようになり、半ば公然と売春がまかり通る国になってしまったのだ。


 独立国として国連に加盟した一九六〇年以降、レイの祖父にあたる先々代の国王が観光政策を進めた。しかし、その観光客が目的としたのは買春。そして、世界中のタブロイド紙に大きく書かれた不名誉な名が『アズウォルド売春王国』と言うものだった。



「でも……それは二十年以上前のことだと書いてあったように思いますけど」

「そうだ」

「だったら、あなた自身がそんな蔑称べっしょうを口にしちゃいけないわ。それは、自らを貶めるようなものです!」

「だが、事実だ」

 感情的になって叫ぶティナとは相反して、レイは冷ややかな口調であった。


「そんな……事実が真実とは限らないわ! 面白おかしく書かれただけよ。彼らは国を守るために自らを犠牲にしたんだと、そう言ったじゃない!」

「ティナ。いいかい、見たくないものに目を瞑っても、それは消えたりしない。見ようが見まいが、そこにあるんだ。私は聖人ではないし、完璧な人間でもない。必要とあれば嘘も吐く。だが、目を瞑って逃げ出したりはしない。大事なものまで見失いたくはないからね」

「判らないわ。あなたが何を言ってるのか……」

 ティナはレイから視線を逸らした。そして、精一杯の強がりで横を向き、口をきつく閉じたのだった。



~☆~☆~☆~



 今から八年前、ティナが高校生になった最初の夏――

 十六歳のクリスティーナは一人のアメリカ人男性に拉致・監禁された。そしてなんと一週間も、その男の自宅アパートに閉じ込められたのだった。

 

 メイソン家では営利誘拐を考え、様々な策を講じていた。しかし、全く成果はない。なぜなら、身代金の要求がなかったからだ。男の目的はティナで、彼女を解放するつもりはなかったのである。

 ティナが助けられたのは偶然であった。

 事件から一週間後、一人暮らしの男性宅から女性の泣き声が聞こえると、付近住民が通報したのだ。それにより警官がやって来て、ティナは発見・救出されたのだった。

 それは確かに、少女の心に大きな傷を与えたが……問題は、事件そのものではなかったのである。


 この時、ティナはレイプの被害は受けなかった。

 男は、拉致したティナを嬉々として裸にした。そして、昼夜を問わず、彼女の全身を撮影したのだ。しかしなぜか、男がティナの肌に触れることはなかった。後で知った所によると、そういった性癖の持ち主だったらしい。

 救出後、診察を受けた病院でもティナが性的被害に遭ってないことは証明され、家族もホッとしたのだった。

 

 そして……ティナの父、ロジス・メイソンは事件そのものを揉み消した。

 もちろん、娘の将来を思ってのことだ。しかし、それにより、ティナの悪夢の第二章が始まる。


 誘拐・監禁事件がなくなったことにより、犯人は別件で逮捕された。その結果、実刑を免れ、すぐに釈放されてしまったのだ。そして、押収を逃れた写真データから、ティナのヌード写真がインターネットを通じて世界中にばら撒かれてしまったのである。


「クリスティーナは誘拐犯にレイプされ、ヌードまで撮られた」


 そんな噂がティナの周囲に蔓延した。だが、これに反論したくても出来ない。なぜなら、そんな事件はなかったのだから……。

 そもそも、誘拐されてなどいないのにレイプされるわけがない。当然、ヌード写真を撮られるはずがなく――その結果、アレはティナではない、と言うことしか出来ない。

 ネットの掲載を止めさせる事も出来ず。ティナの目の前で男子学生が写真をちらつかせても、ヒステリックな反応すら出来ないのだ。聞くに堪えない卑猥な冗談に、ティナは黙って耐えるだけであった。  


「写真の女をレイプした。だが被害者はいない。写真はあるが、これは多分俺の妄想だろう」

 犯人は調子に乗ってネットに書き込み、三流紙はそれを記事にする。メイソン・エンタープライズと敵対する会社の策略とも言われたが、今となっては何の証拠もない。


 メイソンに悪気があったわけではない。娘のために良かれと思ったことだ。

 だが、ティナは救出された後から、マスコミや周囲の心無い発言により、身体を穢され――心も蝕まれていったのだった。





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