第10話「車中にて…」
本島のゲートを潜り抜けると、近代的なビル郡が乱立していた。
ティナはその様子に一瞬たじろいでしまう。ビルの外壁には電光掲示板が輝いていた。中でも、縦にスクロールする掲示板は珍しく、ティナは目を奪われた。どうやら日本語のようだ。
「驚いたかい? ああ、あれは日本人向けだ。君は向こうだね」
そう言ってレイが指した先は、お馴染みの横スクロールの電光掲示板に、「ようこそアズウォルドへ! 今日の天気は晴れ……」と英語が流れていた。
アメリカ人にとってアズウォルド王国は東洋の島国のひとつに過ぎない。レイの言うように、太平洋戦争の歴史を学ぶときに名前が出て来るくらいだ。普段は、アメリカ人女性が王太后であることすら忘れ去られている。
逆に、ティナの妹アンジーなどのほうが詳しいかも知れない。
政治・経済・軍隊・王制などは論外だろう。しかし、一番遊べる島は? 美しいビーチは? 美味しい食べ物は? など、図書館で探すより彼女らに聞くほうが早いかも知れない。
だが、バカンスに興味のないティナが職場である図書館で調べたところ……。
まず、アズウォルド王国の公用語は英語である。日本語は小学校から必須科目だそうだ。他にも、現地の言葉でアズールイングリッシュと呼ばれるものがある。それは、英語を単語ごとにキッチリ区切ったような発音であった。最初にレイが口にした言葉がそうである。
ほとんどの国民が英語と日本語の両方を話せる。そのせいかアズウォルドの街並みは、写真や映像で見る日本の都市に趣きが似ていた。ひらがな・カタカナ・漢字・アルファベッド、色んな文字の看板があるせいだろう。
「かなり、開発が進んでるんですね。もっと、ハワイのように自然色豊かな出迎えかと思いました」
幻滅とまではいかないが……アジア東端の王国に、異国ムードを期待していたティナは落胆を隠せない。
「ビジネスゲートに着岸させたからね。ここは国の主要機関や大使館、国際機関の支局などが集中している。初めて訪れる人には、まずここから入ってもらう。なぜなら、出来る限り、対等な立場で話し合いを進めたいからだ。このビジネスタウンは“リトルトウキョウ”と呼ばれることもある」
サッと横付けされたのは日本製のエコカーだ。見渡せば、ほとんどがエコロジーの認定を受けた車ばかりであった。当然のように日本車が多い。そして、街を走り出すとニューヨークで見かけるガソリンスタンドが少ないことに気付いた。
海底油田を発掘して、それこそ売るほどあるはずなのに……そんなティナの疑問にレイは判りやすく答えてくれた。
「全ては自然の恵みだ。未来の人々に荒廃した地球ではなく、緑の地球を残したい。必要な搾取はするが、無駄と贅沢は慎むよう、国民にも協力を仰いでいる」
レイは運転手に指示してティナ側の窓を開けさせる。すると、ティナに覆いかぶさるように身を乗り出してきた。
「ほら、見てごらん」――ティナの鼓膜に直接レイの声が響いた。
ほとんどのビルにソーラーシステムが採用されていて、雨季のスコールすら発電に利用している……と説明してくれるのだが、最早内容など耳に入らない。
レイはティナに体を寄せても決して触れることはない。でも、この距離は反則であろう。王妃にと望まれながら、少しでも長くレイの傍に居たくてこの国に来てしまったのだ。そんなティナにとって、これは拷問であった。
これ以上、レイの吐息を感じていては、憧れが恋に変わってしまう……。そう思ったティナは慌てて体をドアにピッタリとつけ、違う質問をした。
「けい……警官が多いんですね。あの制服……民間の警備員、とかじゃないですよね?」
統一された水色の制服をストリートごとに見かける。でも、腰に拳銃が下がっていない。ニューヨークでは考えられないことだ。
ティナに避けられたことを感じたのか、レイは少し余所余所しい表情で微笑んだ後、質問に答えた。
「そうだ。国民一人当たりの警官数は世界一だよ。見かけは大都市だが、犯罪率は農村並に低い。最近は個人所有車両の増加で事故は増えているが――昨年、殺人罪で有罪判決を受けた国民の数はゼロを記録した」
「す、すごいですね」
「犯罪は未然に防ぐことに力を注いでいる。だが、一旦罪を犯したものには容赦ない。例えば……」
レイの視線が一度ティナから外れた。
どうかしましたか? と、問いかけようとした彼女より早く、レイは再び口を開いた。
「我が国では、女性を監禁・暴行した場合――死刑だ」