裏切り者
「跪け!」
モリスがテントに入った瞬間、両脇の兵士が剣の鞘で彼の膝裏を思いきり打ちつけた。
「ぐあっ!」モリスは悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちるように跪いた。
「レオン隊長!これはどういうことですか!」
レオンはしゃがみ込み、剣先でやぎひげを持ち上げ、そのまま顎に突きつけた。
「主君は我らを厚遇してくださった。……なのに、なぜこんなことをした?」
モリスの目が泳ぐ。
必死に首を仰け反らせて剣先から逃れようとした。
「何を言っているんです?さっぱり分かりません!」
レオンは横に立つ響を指さした。
「こいつが聞いていた。
お前が部下に、盗賊団と内通する計画を話していたとな」
モリスは響を睨みつけた。
「でたらめだ!俺は手下に何一つ漏らしていない!!」
それは確かに真実だった。彼の声はいたって正常だ。
レオンの顔が険しくなる、逆手に持った剣の柄でモリスの顔面を激しく殴りつけた。
「ぐっ……!」モリスは顔を血だらけにして後ろに倒れ込む。
レオンは彼の髪を掴み、キャンプの中央まで引きずっていった。
副隊長が歩み寄り、テントの中には何もなかったと首を振った。
「部下たちは?」
「若い近衛が騒ぎに紛れて逃げました。残りは……何も知らないようです」
「本当か?」
副隊長は拳と返り血を拭いながら、肩をすくめた。
「俺の前で嘘なんかつけない」
レオンはうなずき、モリスの手の甲を踏みつけた。
「なら、総管本人に話してもらうしかないな」
モリスは必死にレオンの足を払いのけようとする。
「やめてくれ!本当に知らないんだ!
何の話をしているのか分からない!」
「……これでもか?」ニコルが前に出てきた。
彼の手には、ウサギの形をした小さな獣がぶら下がっている。
全身が淡い紫の光を放っていた。
——信使獣。
それを見た瞬間、モリスの体から力が抜けた。
しかしその目は、次第に狂気を帯びていく。
「オルドレン一族代々の領地が……あんな小娘に渡されていいはずがない!」
レオンは冷たい目で彼を見下ろした。
「それは俺たちが気にすることじゃない」
「ましてや、裏切りの理由にはならない」
彼は副隊長に視線を向けた。
「任せる。どれくらいかかる?」
副隊長は舌なめずりをした。
「こんな腰抜けなら、三十分もいりませんよ」
モリスの顔が恐怖で歪む。
「言う!言うから!
頼む……せめて楽に死なせてくれ!」
その時——
響の耳に、ある音が届いた。旋律だった。
この世界に来てから初めて聞く、本物の、そしてあまりに美しい音楽。
だが次の瞬間。
闇に沈んだ草むらの中から、十数本の白い光が一斉に放たれた。
矢のように陣地の中央へ飛来する。
「敵襲!」
レオンが鋭く叫ぶ。
同時に、短い音節を二つ吐き出した。
その瞬間、彼の剣が震え、澄んだ共鳴音を響かせる。
半透明の音の紋様が前方に展開し、
盾のように白い光を受け止めた。
副隊長とニコルもほぼ同時に声を発し、それぞれの光を受け止めた。
続けて、彼らの喉から異なる音階が発する。
兵装がそれに共鳴し、魔力が解き放たれる。
炎、風刃、そして衝撃波へと姿を変えて草むらへと叩きつけられた。
草の奥から、くぐもったうめき声が上がる。
レオンたちはすぐに草むらへ駆け込んだ。
ニコルがしゃがみ込み、血痕に指を添えて高さを確かめた。
「脚をやられてる。遠くへは逃げられない」
副隊長が吐き捨てる。
「間違いない。あの若い近衛だ。
追いついたらぶっ殺してやる」
「追うな」
レオンは手を上げて制した。彼は暗い草原を見渡す。
「今夜は月がない。
この地形じゃ追跡は難しい」
レオンは剣を収め、キャンプの中央へ視線を戻した。
「今は……領地へ急いで戻ることが最優先だ」
キャンプの中央
モリスは血だまりの中に倒れていた。
体にはいくつもの穴が空き、
すでに息はなかった。




