守る
牛ちゃんは鼻歌を歌いながら荷車を押し、響に言った。
「俺たちは運がいいよ。この領主様は奴隷を虐待しないし、給金も出してくれるらしいんだ。これで下の妹も学校に行けるよ。」
響は、牛ちゃんの背中にまだうっすら残る鞭の傷跡を見て、心に誓った。
――何があっても、牛ちゃんを守る。
もしモリスが盗賊団と通じているのだとしたら、わざと道を間違えて馬車を横転させ、馬を負傷させたのは、行軍を遅らせるための工作だろう。
だが、なぜわざわざ足止めをする?
響は、前世で読んだ歴史書や映画の場面を思い出した。
盗賊団が待ち伏せを準備する時間を稼ぐためか?
それとも、
後方に追手が迫っているのか?
もし途中で計画が変わったらどうする?
この世界には、どうやら電話のようなものはないらしい。
響は牛ちゃんに尋ねた。
「遠くにいる人と連絡を取りたいときは、どうするんだ?」
牛ちゃんは頭をかいた。
「走って行って話す。」
響は首を振った。
「もっと遠い場所だ。何日も走らないといけないくらいの。」
牛ちゃんはハッとした顔をした。
「あっ!知ってる!なんて言うんだっけ……」
「信使獣だ!」
近くにいた人族の奴隷が口をはさんだ。
「村長が一回使ってるのを見たことがある。小鳥みたいな姿をしてるんだ。」
羊族の奴隷も頷いた。
「うちの村のは、ウサギみたいな形だったな。」
響は小さく頷いた。
だとすると、モリスが盗賊団と連絡を取るなら、信使獣を使う可能性が高い。
問題はどうやって証拠をつかむかだ。
夜になると、草原のキャンプには焚き火が灯された。
奴隷と兵士たちは交代で夜番をする。
それぞれ担当する場所が決められている。
響も何度か夜番をしたが、総管のテントの近くになることはなかった。
さらに数日が過ぎた。
盗賊がいつ現れるのか分からず、響は次第に焦りを感じ始めていた。
その夜も、響が夜番だった。
彼は身を低くして、総管のテントの近くへ忍び寄ろうとしていた。
そのとき――
キャンプの中が急に騒がしくなった。
別の夜番の奴隷が、焚き火の前に引きずり出されていた。
当番の兵士が大声で叱りつける。
夜番中に居眠りをしていたらしい。
みんなが起こされ、周囲に集まってきた。
「寝てません!寝てません!」
その奴隷は必死に首を振る。声は甲高い。裏声だ。
響にはすぐ分かった。嘘をついている。
やがて隊長が現れた。
懐から、紫色に光る水晶のような物を取り出す。
焚き火の光の中で、それは小さな令牌のように見えた。
隊長はそれを奴隷の前に掲げ、冷たい声で尋ねた。
「夜番のとき、寝ていたか?」
奴隷は唇をかみしめ、震える声で言う。
「ね、寝てませ――」
言い終わる前に。
「ぐあああっ!」
突然、胸を押さえて地面を転げ回った。
暗闇の中で、胸元の服の下から赤紫色の光が漏れる。
「もういい。」隊長は水晶の令牌をしまった。
光はすぐに消えた。
奴隷は地面に伏して、苦しそうに息をつく。
隊長はそばの兵士に命じた。
「まだ先を急ぐ。鞭打ち一回だ。帰ったら給金を三か月分差し引け。」
人々は散っていったが、誰もなかなか眠りにつけなかった。
響は持ち場に戻り、小声で牛ちゃんに尋ねた。
「さっきのは、どういうことだ?」
小牛は襟元を開き、たくましい胸を見せた。
そこには紫色の家紋のような印が刻まれている。
「これだよ。」
そばにいた年配の奴隷が説明した。
「奴隷になったとき、魔法の契約が主人の家紋と一緒に体に刻まれるんだ。
それを解けるのは女神様だけだ。」
響は女神様のことを聞く余裕はなかった。
自分の服をめくると、胸には同じ印が刻まれていた。
「これは、主人に死ぬまで忠誠を誓う証だ。
裏切ることも、嘘をつくこともできない。」
響は尋ねた。
「でも、俺たちの主人って領主様じゃないのか?」
「隊長は、領主様から授かった水晶の令牌を持っている。
あれがあれば同じことだ。
嘘をつけば心臓を魔法で焼かれる。
裏切れば、その場で灰になる。」
奴隷は嘘をつけない――。
響の目が、ぱっと輝いた。




