嘘
奴隷たちは重い荷車を押しながら、草原をゆっくりと進んでいた。
ひと息ついたとき、響が牛ちゃんに聞いた。
「もし道中が安全じゃなかったら、どんな危険があると思う?」
牛ちゃんは即答した。「魔獣!」
この世界には、魔力が天地に満ちている。
空や川が紫色に見えるのは、魔力に紫の光を散乱させる性質があるからだ。
荒野に棲む生き物が魔力を過剰に吸収すると、凶暴な魔獣へと変異する。
「魔獣は天災に過ぎない。人災というものもある」
響と牛ちゃんは同時に肩をすくめた。
いつの間にか、白髪交じりの老兵が背後に立っていた。足音はまったく聞こえなかった。
老兵は腰を下ろし、手の中のパンをちぎりながら言った。
「兄ちゃん、道中が安全じゃないと思っているのか?」
響は心の中で警戒しつつ、笑って答えた。「いえ、僕が臆病なだけです。万が一を考えてしまって」
老兵はパンの半分を牛ちゃんに押しつけ、遠くかすんでいく川に目を向けながら、ぽつりと言った。
「この道を通るのは我々は初めてだ。だがモリス総管はこの地域で何年も商売をしている……」
やはり彼も疑っていたのだ。
「長官、先ほどおっしゃっていた人災とは?」
「ははっ、ニコルでいい。ニコルじいさんでも構わんよ」彼は表情を引き締めた。
「領地の近くに、ずっとこちらを狙っている盗賊団がいる。この荷を奪われたら、全員終わりだ」
ニコルの言葉に嘘はない。響は黙って考え込んだ――荷物そのものには、さほど興味がなかった。
ニコルは食べ終えると立ち上がり、服をはたきながら言った。
「送られてきた頃のお前は、風が吹いただけで震えていたな。今はずいぶん落ち着いた」
牛ちゃんが隣でしきりに頷く。「そうそう、あの頃とは大違い」
響も立ち上がり、静かに一言返した。「一度死んだからな。いろんなことが怖くなくなった」
ちょうどモリス総管が荷車から水樽を下ろしているのが見えた。
響はすぐに駆け寄って受け取り、笑顔で言った。
「総管、なんでも自分でやられるんですね。こういうことは私たち下の者に任せてください」
モリスは親しみやすく肩を叩き、微笑んだ。
「まだまだ先は長い、お前たちに頼む場面もたくさんある。自分でできることはやっておくよ。早く休んでいなさい」
響は水樽を持ち上げ、モーリスの水筒に注ぎながら言った。
「長官方から、今回の荷は相当重要だと伺いました。必ず無事に届けられますよね」
「もちろん、この道中は安全そのものだ」甲高い裏声が、響の鼓膜にじくりと刺さった。
予想通りだ。
「それなら安心しました。さっき皆、魔獣を心配していたので」
「大丈夫だよ」モーリスは口元を拭い、優しい声で言った。「お前たちは皆、無事に領地へ帰り、」
――裏声だ。
「家族のために、また稼ぎ続けるんだよ」
――やはり、裏声だ!




