初めまして、さよなら
響が再び目を覚ましたとき、どれほど時間が経っていたのか分からなかった。
全身には点滴のチューブが何本も繋がれ、辛うじて頭だけが動かせる。
広々としたVIP病室は、いまやパーティの会場と化していた。
高級スーツとドレスに身を包んだ男女がシャンパンを手に、談笑している。
「彼、目を覚ましたわ!」
あの若い看護師も、目を奪うような真紅のVネックのドレスに着替えていた、
赤ワインのグラスを揺らしながら、司会者のように人々を呼び寄せた。
人々はベッドの前に集まり、口々に言う。
「はじめまして、弟よ。」
響は薄々と理解し始めていた。
「……あなたたちは――」
「みんな、あのクソジジイの子よ。――あ、いまはもう死んだけどね。アハハハ」
看護師が言うと、皆も一緒になって笑い出した。
「あなたと同じ。生まれた瞬間に捨てられて、
年に一度、サインされた小切手一枚で黙らされてきた子どもたち。」
響の瞳孔がわずかに縮む。その感覚は痛いほど分かる。破り捨てたいのに捨てられない、憎い小切手。
署名――A. Masuki。
なぜ僕にこんなことを?
響の疑問の眼差しに、連中の表情は一瞬で冷たく歪んだ。
「そうだよ! なんで“お前”なんだ?!」
スーツに着替えた医者が狂ったように怒鳴り、手にしたワイングラスを床に叩きつけた。
砕けたガラスが四方へ飛び散る。
看護師がノートPCを抱えて響のそばに歩み寄った。
画面にはビデオ会議が映り、現場に来られない連中が小さな枠の中に押し込まれ、
こちらを睨みつけている。
響は身動き一つできないのに、心の底から寒気が込み上げてきた。
「ジョン。うちの“ビッグスター”に説明してあげて。」
画面の中、金縁メガネをかけた中年の白人男性が英語でゆっくり言った。
「あの老いぼれは死ぬ前に遺言を残した。財産の半分は慈善団体に寄付し、残り半分は間瀬紬および彼女の直系血族にを渡す、と。幸い、私は彼の弁護士だった。」
それを聞いて、人々は再び大声で罵り始めた。
「同じ隠し子なのに!なんでお前だけがそんなに貰えるんだ!不公平すぎる!」
「慈善に寄付? はは、天国にでも行くつもりかよ!」
ジョンは続ける。
「間瀬紬は見つからなかった。だが、お前が病院で採血したおかげで、DNA鑑定から君を特定できたというわけだ。間瀬響」
響は完全に理解した。すべては遺産のため。
医者がテレビをつけ、大げさな身振りで言った。
「この病院は買った。お前の事務所も買った。見ろ、ほら、これがお別れのプレゼントだ」
テレビ画面には、トップアイドルHIBIに関する爆弾級スキャンダルが怒涛のように流れていた。
『衝撃!HIBIはなんとテクノロジーの狂人・世界一の大富豪増木アーロンの隠し子だった!』
『完璧なアイドル像崩壊――乱れた私生活。複数女性が親子鑑定を手に“捨てられた”と告発!』
響は初めて、本当の怒りを感じた。自分のためではない。ファンのためだ。
「……なんで、ここまで……!」
「お前が社会的に抹殺されて初めて、誰もお前の死なんて気にしない。」
「自業自得だと思われるだけだ」
「さあ、全員の顔と、この場のすべてを撮るぞ。」
「誰かが寝返ったら、動画を流す。」
「俺たちは共犯だ。今日から本当の兄弟だ!」
連中は恐怖するどころか、興奮した顔でカメラの前に押し寄せ、
ベッドの上の響に向かって勝利のポーズを取った。
狂気に溺れる人々を見ながら、響の怒りは潮が引くように退いていった。
代わりに込み上げてきたのは、どうしようもない滑稽さだった。
笑ってはいけない。刺激してはいけない。早く終わらせたい。
看護師が薬液の入った注射器を取り出し、手慣れた動きで点滴管に針を差し込む。
全員の視線とカメラが、彼に釘付けになった。
響は静かに彼らを見つめ、ぽつりと言った。
「……俺たち、みんな不幸な人間なんだな。」
「黙れ! これから幸せになるんだよ!」
響は目を閉じ、呟いた。
「君たちの幸せを祈るよ……僕の兄弟。」
意識がほどけていく。心の中で、ファンに向かって謝った。――ごめん……さよなら。
死のような静寂の闇。
次の瞬間――目を焼くような閃光。
「起きろ! 早く起きろ――!」
荒々しい叫び声と、激しい揺れ。胸の上には何か重たいものがのしかかっていた。




