敵襲
本隊と別れて、すでに四日目。
行軍の速度をわざと落とすため、響とニコルは毎日半日だけ進み、
残りの時間は森に出没する魔獣を相手に実戦練習をしていた。
夕食の時間。
揺れる焚き火を見つめながら、響はふと尋ねた。
「ニコルじいさん。僕たちの領主も、人族なんですか?」
「もちろんだ。」
ニコルは、響が多くの記憶を失っていることを知っている。
何気なく答えた。
「この世界の支配者は、どの地域でも人族だ。」
「他の種族は?」
「エルフ族は魔法こそ強いが、基本的に争いを好まない、しかも数が少ない。
ドワーフ族は鍛冶と酒にしか興味がない。」
ニコルは少し間を置いた。
「獣族の亜人たちも多くは自然と共に生きることを選んでいる。」
そして静かに続けた。
「果てしない野心を持っているのは、人族だけだ。」
「技術も、魔法も、そして権力も――
人族は常に上を目指し続ける。」
響は黙り込んだ。
その点だけは、前世の人類とよく似ている。
そのとき。
一匹の信使獣が森の中から飛び出し、ニコルの足元に止まった。
ニコルは手紙を取り出し、素早く目を通す。
「敵がこちらへ向かっている。」
そう言って紙を握りつぶした。
「計画通りに動くぞ。」
翌日の深夜。
林の空き地では、焚き火が木板で作った**偽の荷車隊**を赤く照らしていた。
シュッ、シュッ――
数十の黒い影が、四方から静かに包囲してくる。
響とニコルは、遠くの樹冠に身を潜めて息を殺していた。
「くそっ、騙された!」
匪賊の頭が木板を蹴り飛ばし、吐き捨てた。
「連中、ふたごやまを迂回するつもりだな。
二手に分かれて後ろから追え!」
やがて火の明かりと声は遠ざかり、森は再び静寂に包まれた。
二人は夜明けまで木の上で待ち続ける。
安全を確認してから、滑り降り、ふたごやまの谷へと急いだ。
道の半ばで、ニコルが響を制して、ゆっくりと振り返った。
「ははっ。老いぼれ奴隷のくせに、なかなか警戒心が強いじゃないか。」
「本当は、楽に死なせてやるつもりだったんだがな。」
二人の盗賊が、曲刀を地面に引きずりながら、ゆっくり森から現れた。
ニコルは髪を乱し、響と同じ粗末な麻の服を着ている。
顔には怯えの色を浮かべていた。
「お、お旦那様…… 俺たちには金なんてありません。」
右目に刀傷のある男が、ズボンの裾で湾刀をゆっくりと研ぎながら、薄気味悪く笑った。
「芝居はよせ、老いぼれ奴隷。」
「俺たちはここで張ってたんだ。
お前らが偽の荷車隊の方から来るのを見てた。」
もう一人の盗賊が舌なめずりした。
「やっぱり三番隊長の読みは当たってたな。
本物の馬車隊は峡谷を通ったってわけだ。」
ニコルは内心で舌打ちした。
ふたごやまを迂回すれば時間がかかりすぎる。
重い荷を運ぶ本隊は、敵に追いつかれる危険が高い。
だから隊長は峡谷の入口に潜み、
偽の荷車隊が敵を引きつけた瞬間、
そのままふたごやまを横断する作戦だった。
ニコルは地面にひざまずき、額を打ちつけた。
「俺たち祖父と孫は、ただ命令通り荷車を引いただけです。
どうか見逃してください!」
刀傷の男は大笑いした。
「奴隷が主人を裏切ることはできねえ。」
「生かしておく理由がどこにある!」
言い終わる前に、曲刀が振り下ろされた。
もう一人の盗賊も同時に響へ飛びかかる。
その瞬間――
ニコルの手首がひらりと返った。
脛に隠していた魔杖を引き抜く。
口から二組の音を吐き出す。
魔杖が共鳴し、二つの火球が至近距離で放たれた。
盗賊は避ける暇もない。
ドン!
火球が胸を直撃する。
男の身体は吹き飛び、地面に落ちる前に息絶えていた。
だが振り下ろされた曲刀は止まらない。
刃がニコルの肩を斬り裂いた。
その頃には、もう一人の盗賊が響の目の前に迫っていた。
曲刀が斜めに振り下ろされる。
響は腰の後ろから魔杖を引き抜く。
「1——3!」
風の盾が瞬時に展開する。
曲刀は弾き返され、盗賊の手が痺れる。
体勢が大きく崩れた。
その背後から――
ニコルの火球が二発、撃ち込まれる。
ドン!ドン!
盗賊はうめき声を上げ、前のめりに地面へ倒れた。
二度と動かなかった。
響はニコルの袖を引き裂き、肩の傷口をきつく縛る。
思わず言った。
「だから奴隷の格好をしてたんですね。」
ニコルは痛みをこらえながら笑う。
「人間相手の戦いは、魔獣とは違う。」
「相手を油断させる。
それが一番いい戦い方だ。」
そのとき――
「ははは。
確かに、いい作戦だ。」
二人は同時に振り向いた。
森の影の中から、
扇子を手にした男が悠然と歩み出てくる。
ニコルの顔色が変わった。
「三番隊長!」




