後日譚 ― 触れた距離の、その先へ ―
夜の風は、少しだけ冷たかった。
《リヴェリア》の街は、昼とは違う静けさに包まれている。
灯りがぽつぽつと灯り、どこか落ち着いた空気。
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「……こんな時間に呼び出すなんて、珍しいですね」
リミアが言う。
少しだけ不思議そうな顔。
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「……別に」
夜実は壁にもたれたまま、そっけなく答える。
「用があっただけだ」
「その“用”ってなんですか?」
「……」
沈黙。
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「……え、もしかして」
リミアが少しだけ身を乗り出す。
「相談ですか?」
「違う」
即答。
「じゃあ何ですか」
「……」
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少しだけ、空気が止まる。
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「……なんでもいいだろ」
「よくないです」
即返し。
「呼び出しておいてそれはずるいです」
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そのやり取りに。
夜実は小さく息を吐く。
「……お前さ」
「はい?」
「ほんと、変わったよな」
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「え?」
「前より、遠慮しない」
「それは……」
少しだけ視線を逸らす。
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「ヤミア相手なら、いいかなって」
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一瞬。
空気が静かになる。
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「……なんでだ」
夜実が聞く。
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「……信じてるから、です」
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その答えは、迷いがなかった。
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「……」
夜実は、何も言わない。
ただ、少しだけ目を細める。
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■ 近づきすぎた距離
「……で?」
リミアが少しだけ笑う。
「結局、なんの用なんですか?」
「……」
夜実は少しだけ迷って——
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「……確認」
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「確認?」
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「……お前が」
少しだけ言葉を選ぶ。
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「ここにいるかどうか」
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「……え?」
意味が分からず、リミアは目を瞬かせる。
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「いなくなってないか」
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その一言で。
リミアの表情が、変わる。
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「……私、そんなに信用ないですか?」
少しだけ、冗談っぽく言う。
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「違う」
夜実は、すぐに否定する。
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「……そうじゃなくて」
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一歩、近づく。
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「消えるやつは、急に消える」
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その言葉の裏にあるもの。
迅。
レオン。
セレナ。
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「……」
リミアは何も言えなかった。
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「……だから」
夜実は、視線を逸らす。
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「いるうちに、確認しとく」
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その不器用な言い方に。
リミアは、少しだけ笑った。
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「……いますよ」
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一歩、近づく。
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「ここに」
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距離が、近い。
さっきよりも、ずっと。
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「逃げません」
はっきりと言う。
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「約束します」
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夜実は、少しだけ黙る。
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そして。
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「……ならいい」
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でも、その声は少しだけ柔らかかった。
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■ 名前の呼び方
「……ねえ、ヤミア」
「なんだ」
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「私も確認していいですか?」
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「……何を」
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「ヤミアも、いなくならないですか?」
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一瞬、間。
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「……どうだろうな」
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「ちょっと!」
即ツッコミ。
「そこはちゃんと答えてください!」
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「……保証はできない」
夜実は言う。
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「でも」
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少しだけ、リミアを見る。
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「簡単には、消えない」
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その言葉に。
リミアは、少しだけ安心したように笑った。
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■ 気づいてしまったこと
沈黙。
でも、嫌じゃない。
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「……あの」
リミアが小さく言う。
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「なんだ」
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「ちょっと、いいですか」
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返事を待たずに——
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リミアは、一歩近づく。
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夜実の胸元。
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そっと、手を伸ばす。
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「……っ」
夜実の体がわずかに強張る。
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「ちゃんと、生きてる」
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小さく呟く。
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「……当たり前だろ」
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「でも」
顔を上げる。
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「ちゃんと触ると、安心します」
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その距離。
もう、ほとんどゼロだった。
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■ もう一歩
夜実は、何も言わない。
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ただ——
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逃げなかった。
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「……お前さ」
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「はい?」
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「無防備すぎる」
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「え?」
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「こんな距離で」
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少しだけ視線を逸らす。
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「……何も思わないわけないだろ」
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その一言で。
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リミアの動きが、止まる。
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「……え?」
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理解が、追いつかない。
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「……」
夜実は、少しだけため息をつく。
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「……気づいてないなら、いい」
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「待ってください」
リミアが慌てて言う。
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「それ、どういう意味ですか」
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「……そのままだ」
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「分かりません!」
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「……」
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少しだけ、沈黙。
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そして——
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「……好きだ」
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短く。
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はっきりと。
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「……え」
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リミアの思考が、止まる。
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「だから」
夜実は続ける。
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「無防備に近づくなって言ってる」
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その言葉に。
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リミアの顔が、ゆっくり赤くなる。
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■ 答え
「……あの」
声が、少し震える。
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「それって……」
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「どういう意味ですか」
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「……今言った通りだ」
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「いや、そうじゃなくて……!」
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混乱している。
完全に。
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「……」
夜実は、少しだけ困ったように目を逸らす。
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「……お前は」
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「はい……」
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「どうなんだ」
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その問い。
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リミアは、少しだけ黙る。
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考える。
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今までの時間。
一緒に過ごした日々。
支えられたこと。
隣にいると、安心すること。
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そして——
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「……私も」
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小さく言う。
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「好きです」
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その言葉は、確かだった。
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■ 触れる手
沈黙。
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でも、それは重くない。
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夜実が、ゆっくりと手を伸ばす。
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一瞬だけ迷って——
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リミアの手を、取る。
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「……っ」
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少しだけ、驚く。
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でも——
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離さない。
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リミアも、握り返す。
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■ 新しい関係
「……これで」
夜実が言う。
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「逃げられないな」
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「逃げませんってば」
少し笑う。
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「むしろ——」
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少しだけ、近づく。
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「離れません」
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その言葉に。
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夜実は、少しだけ笑った。
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■ そして
夜の空。
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星が、広がる。
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かつては見えなかった景色。
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でも今は——
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ちゃんと、そこにある。
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二人は並んで立つ。
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手を繋いだまま。
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少しだけ照れくさくて、
でも、離れたくなくて。
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それが——
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新しい“関係”だった。
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― ワールドリバース After Story Ⅲ ― 完 ―




