エピローグ
帝国の使節団の控室に戻ってみると、コーディナー前公爵夫人がいた。夫人の方が先に声をかけてきた。
「ご苦労さまでした、モートン卿」
「ありがとうございます。多少なりともお役に立てたのなら、良かったのですが」
「私は楽しませてもらいましたよ。陛下の百面相を」
どうやら夫人は大広間の様子を、どこかでうかがっていたらしい。
「この王宮は何度も通って、よく知っていますから」
「なるほど」
王太子の婚約者だったのだから、納得できる話だ。
「モートン卿は、陛下の評価は未来が決めると言ってましたね」
「はい。その通りです」
「私としては、陛下には今すぐ溜まったツケを払って欲しいと思っているの」
「それは、これからの会議で払うことになるかと。両陛下にとって針の筵になるでしょう」
「確かにそうなるでしょうね。全ての元凶は両陛下だと、モートン卿が明らかにしてくれたのですから」
実のところ、婚約破棄事件がなかったとしても、やはりこうなっていたと思う。殿下の指示でベンフォード卿が調べたところ、最近になって王政が倒れた国は結構あることが判った。帝国も二十年前に専制君主制から立憲君主制に変わったのだ。制度疲労を起こした王政が廃れるのは、歴史的な流れと言っていい。婚約破棄事件はその流れを加速したに過ぎない。
「クイーンズベル王国はどうなるのかしら」
「そちらは私ではなく、ベンフォード卿の専門になります」
「あら、年寄りの暇つぶしの会話に付き合ってくれないのかしら」
「かしこまりました。おそらく陛下は帝国のような立憲君主制を主張されるでしょうが、支持は得られないでしょう。殿下は貴族と平民から選出した議員による議会が、宰相を指名する議院内閣制を落としどころに考えているようです」
もしそうなれば、王妃の弟という血縁だけが取り柄らしいあの宰相は、確実にその座を追われるだろう。王室だけでなくアトキンス侯爵家も大変なことになるだろうが、自分が心配することではない。
「では王室はなくなるけど、貴族制度は残るのね」
「王室は貴族の一員になるか、実権のない議会の議長職に祭り上げられるか、そのどちらかではないでしょうか」
「貴族制度の廃止までは行かない?」
「この国の行政には多くの平民出身の官吏が関わっていますが、平民だけで政をした経験がありません。強引に完全な共和制に移行すれば、フレンチ革命後の共和国のような惨事になる可能性もあるかと」
夫人は扇子で口元を隠した。
「確か暴走した政府の恐怖政治で、国が崩壊したのでしたね」
「はい。それは帝国にとって最悪のシナリオです」
「政体はどうあれ、クイーンズベルが安定した忠実な同盟国であることを、皇帝陛下も皇弟殿下も望んでいるのですね」
「御意でございます」
夫人はどこか遠くを見るような目をした。
「モートン卿はこの後はお忙しいのかしら」
「いいえ、この国での私の役目はほぼ終わりました」
「では私の手伝いをしてくださらないかしら」
「手伝いですか?」
「先ほどから面会の申込みが多く来てるの。その中には旧交を温めたい親友も何件かあるのだけれど、大半は帝国の皇族とつながりを持ちたい貴族からの申込みなの。この国の貴族制度がまだしばらく続くのなら、この老婆も両国のお役に立てるかもしれないと思うの」
『しばらく』か。このままでは貴族制度も長続きしないのは、判っておられるようだ。少子化により貴族の家の数はどんどん減っていくだろう。だが今の若い貴族が恋愛結婚をあきらめて、政略結婚に逆戻りするとも思えない。
「喜んでお手伝いをさせていただきます」
両陛下の凋落を見届けたら、最後のご奉公のつもりで、かつての祖国と今の祖国の架け橋になりたい。そんな夫人の姿が、あの肖像画に重なって見えた。
ここまでおつきあいいただき、ありがとうございました。




