忠誠の限界
主に平民たちの席が、再びざわつく。
「王太子殿下は謝罪する代わりに、新たな提案をなさいました。王太子妃にはデボラ嬢を迎えるから、私には側妃になれと仰ったのです」
今度は下位の貴族の間からもさざめきが起きる。
「自分と結婚させてやるのだから、慰謝料を払う必要はないとも仰いました」
さすがに高位貴族の中にも顔をしかめる人が出始めた。
「その場には私の両親であるデーリング公爵夫妻も同席していましたが、父のデーリング公は王太子殿下のお言葉に激怒しました。私の曾祖母は王室から降嫁した元王女です。それに対し当時のアトキンス男爵家は、先代が叙爵したばかりの新興貴族でした。王族の血を引く公爵家の血筋より、成り上がり者の男爵家の血筋を尊ぶのかと、父は王太子殿下に詰め寄ったのです」
陛下の義弟で宰相のアトキンス侯爵の表情が引きつり始めた。
「形勢不利と見たのか、王太子殿下はそそくさと王宮にお戻りになりました。その様子を見た父は、次代の王があれでは公爵家どころか国も危ういと考え、仰ぐ主君を変える決断をしたのです」
ここはクイーンズベル王国の王宮のはずだが、その雰囲気は国王夫妻にとって敵地になりつつあった。
「その後の歴史はみなさんもご存知と思います。デーリング公爵家はクイーンズベル王国を離脱し、バースバルク帝国に辺境伯家として加わったのです」
「当時の話は祖父から聞いたことがあります。事後処理に当時の皇帝陛下と国王陛下はたいへん苦労されたようです。最終的な決着を見るまで十年以上もかかったのですから」
殿下が証言の続きを引き取った。当時のデーリング公爵領はクイーンズベル王国の国土の十分の一を占めていた。同盟国同士とはいえ、揉めないわけがない。具体的にいくらか知らないが、慰謝料をケチって国土を大きく失った陛下に向けられる視線が限りなく冷たい。
「証言をありがとうございました、叔母上」
殿下はそう締めくくった。前公爵夫人を叔母上と呼んだことで、一部からまたざわめきが起きる。
「先々代の皇帝陛下は新参者のデーリング家に、たいへん気を使ってくださいました。私たちが帝国内で肩身が狭い思いをしないようにと、今の夫の第三皇子殿下と私の婚約を調えてくださったのです」
前公爵夫人がそう補う。皇弟の叔母ということは、皇帝の叔母ということでもある。夫のコーディナー前公爵は爵位を息子の現公爵に譲ったが、皇位継承権はまだ持っている。前公爵夫人は立派な皇族の一員だ。クイーンズベル王国の王妃と比べても、決して見劣りがする地位ではない。
「証言のために、遠路はるばるご足労いただき、ありがとうございました」
「人をあまり年寄り扱いするものではありませんよ、コンラート。幻の国宝の名画を観ることができただけでも、足を運んだ価値がありました」
二人の会話は完全に身内のものになっていた。間違っても前公爵夫人に危害が及ぶことがないようにという、牽制の意味もあるのだろう。
前公爵夫人は初代女王の肖像画を誉めたが、国王夫妻には一切言及しなかった。言葉の上ではクイーンズベルの国宝とそれを公開した国王の決断を誉めていることになるが、暗に国王夫妻には絵ほどの価値もないと言っているようにも受け取れる。どちらを真意と受け取るかは、聞いた者次第だ。いずれにせよ、前公爵夫人が責められる要素は微塵もない。




