第四話 終話
ソファに腰掛けるスコープの前に、ベレー帽を被った迷彩姿の軍人が立っている。彼は腰に手を当てて、姿勢よくこちらを見下ろしていた。
「ブラッキー諸君、此度はよくやってくれた」
彼の賛辞に、スコープは眉一つ動かさない。
「しかし、爆破させるのはいささかやりすぎではないか?」
「どうしてだい?」
「他の基地へ勘付かれる恐れがあるだろう」
彼の言葉に、スコープは大きな笑い声を出した。
フラッシュとボマーはその笑い声に驚いた様子を見せる。スモークに関しては我関せずと垂れていた蜘蛛を眺めていた。
「何がおかしい?」
「“基地の兵士を全滅させろ”って命令しておいて勘付かれるという言い訳があまりにも滑稽だったからさ」
「……っ」
彼の姿勢が少し崩れた。
「そもそもの話、兵士を一人でも殺した時点で、勘付かれないことなんて不可能なんだよ。人間の命はそんなに軽くない」
「君がそれを言うかね?」
「言うよ。人を殺すからこそ言う」
その言葉で、周囲が静寂に包まれる。耐えきれなくなったのか、軍人が咳払いをした。
「と、とにかく、今回の任務達成はご苦労であった」
振り返ろうと、左足を半歩だけ下げる。行動を遮るように、スコープは立ち上がった。
「待ちなよ。爆破されて困ったのは、本当は消されたら困る情報があったから……じゃないのか?」
その言葉に、軍人は動きを止める。
「何のことだ?」
「白を切るのは無理がある。“爆破させるのはいささかやりすぎ”とあなたは僕たちを叱責した。つまり、叱責する必要がどこかにあったということだ」
スコープの表情は、雰囲気を楽しむように歪んでいる。逆に軍人の顔はどこか浮かないものであった。
落ち着きなく足を鳴らし、手汗を拭うように自身の服の裾を掴む。
「一つ訊きたい。前国軍の長が遺したご令嬢、“アリス”は元気かい?」
「貴様──」
軍人は無意識に喉を鳴らした。
手が腰へ伸びる──その動きは、自分でも止められていなかった。
軍人が拳銃を抜く前に、フラッシュが動いた。義手で目を覆い、強烈な光を発生させる。
あの光を至近距離で浴びてしまえば、失明は免れないだろう。
目を抑えながら転がる軍人を見下ろしながら、スコープはソファに腰かけ直す。
「心理戦っていうのはね、動揺したほうが負けなんだよ」
ただ、淡々とした口調で。
「君は先に核心を突かれてしまった。だから逃げ帰ろうとした」
事実を告げるように。
「その時点で、僕に答えを言ってるようなものさ」
「き、きさまら! オレに何かあったら国が動くと分かってやってるのか!?」
「動かないと思うよ」
その言い切った言葉に、軍人は声をなくした。目を手で覆いながらこちらに顔を向けてくる。
「もう一度言うけど、人の命は決して軽くないんだよ。一人殺せば、十人の恨みを買う。それほどに重い」
その声音は、まるで駄々をこねる子どもに言い聞かせるかのように優しい。
「そんな人の命を、倫理のズレた人間の巣窟に送ってきた。つまり君は“国に殺されてもいい人材”として扱われているんだよ?」
「そ、そんなわけないだろ!? オレが帰らなければ誰が成功を報告する……!」
「……“マーダー”聞いてるんだろ?」
その聞き慣れない固有名詞に、その場にいるスモーク以外が首を傾げた。
『……バレていたようだな』
軍人の襟首から聞こえてきた声は、少女のものだ。舌足らずで、とても幼い。なのに威圧感だけは老齢を思い起こさせる。
「ニャッハー、マーダーおじさんだ! やっほー!」
興味なさげだったスモークが、大きな声を上げた。
『スモークか、相変わらずお前の毒は強いな』
「マーダーおじさんこそ、私の神経毒を無効化する兵士を作るなんてやるねぇ」
雑談を始めた二人へ割り込むように、スコープは手を鳴らした。
「マーダー。今回の依頼で、お前は僕たちを実験相手として使ったな? 個別で兵を送り込んでるのに、わざわざ僕たちに依頼するなんてひどいじゃないか」
『……ただの保険だ』
マーダーの言葉にスコープは鼻を鳴らす。
「それで、アリスプロジェクトとはなんだい?」
『それは言えんな』
それだけ言うところ、通信が途切れてしまった。だろうなとスコープは肩を竦める。
床に這いつくばっている軍人は不安そうな声を漏らす。顔中に汗を流し、手足は震えている。歯を打ち鳴らす姿は、先ほどまでの威厳が消え去っていた。
スコープは静かに、彼へと言葉を投げかける。
「この状況でも、自分の命の価値はあると思っているかい?」




