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第三話

 いまの状況を見たら、常識ある人間なら地獄絵図と言うだろう。

 そこら辺で悲鳴が上がる。泡を吹いて、皮膚が爛れた人間たちが倒れている。

 首を抑えて藻掻いているが、いずれ動かなくなる。


 スコープはまだ息のある人間たちの頭を拳銃で丁寧に撃ち抜けながら、悠々と歩く。遠くからはスモークの狂気じみた笑い声が煙の向こう側から聞こえてきた。


「私は爆破位置についてくる」

「頼んだよ」


 ボマーは小さく挨拶を交わしてから、小さい体躯で一生懸命走っていく。彼女の後ろ姿は、煙の右奥へと消えていった。


「この光景はなれん……」


 フラッシュが倒れてる人間の頭を拳銃で撃ち抜きながら、大きくため息をつく。


「くそったぁぁぁぁあれぇぇえぇかぁ!」


 直後、歪な声が漏れる。

 顔が爛れ泡を吹いているのに、こちらを鋭い眼光で睨んでいる兵士が現れた。

 手には突撃銃アサルトライフルを握りしめ、銃口をこちらに向けている。


「まるでゾンビだな」


 スコープの皮肉を無視するように、フラッシュが前へと出た。彼は義手を構えていた。

 意図を察して、スコープは視線を外す。


 閃光が迸った。


「ぐうおあああああ!?」


 フラッシュの義手の閃光は、視神経を焼くほど強烈だ。


 敵兵のうめき声が聞こえる。彼は目を抑えながら銃弾をばらまくように適当に撃っていた。

 その様子に興味なく切り捨てるように、スコープは頭を拳銃で撃ち抜いた。


「スモークの毒のまわりが弱かったか?」


 フラッシュが義手を整えながら尋ねてくる。


「そんなはずはないよ」


 しかし、スコープは即答する。

 

 スモークは人間としては評価できないが、能力は信用している。彼女の毒は人間をすぐ死に至らしめるし、神経系もズタズタにする。普通は立ち上がることさえ不可能なのだ。

 それでも彼が攻撃に転じられたのは──そいつが普通じゃないからである。


 先ほど暴れた敵兵の後ろ首を見つめる。そこにタトゥーのように入れられているバーコードを見て、スコープの表情は嫌悪感を現した。少し言葉を詰まらせる。


「お前がそんなふうになるなんて珍しいな。どうした?」

「いや……嫌なやつが関わってるなって思ってさ」

「嫌なやつ?」


 フラッシュの質問を聞きながら、スコープは拳銃の銃口をその敵兵に向ける。


「いわば、スモークの十倍はやばい奴」


 弾倉にある弾をすべてその男に撃ち尽くした。

 胸ポケットから新しい弾倉を取ると、拳銃の空弾倉と入れ替える。


 穴だらけになった敵兵は、大きな赤色の水たまりを作っていた。その端から臭う微かな薬品の気配に、視線を切った。頭の隅に粘ついて張り付く影を振り払うように、肩を竦める。


「そんな相手、存在しうるのか?」

「いるよ普通に、僕よりもやばい奴なんてこの世界にはたくさんいる。けどね──」


 一拍置いて、心臓を落ち着かせる。


「──僕が本気で会いたくない相手は指で数えられるほどしかいない」

「会いたくもないなそんなやつ」

「だろう?」


 少し熱に浮かされた。

 まさか雑用レベルの仕事で苛立つのは珍しい。


 しかし、考えてみたら当然だ。“負けると分かっている戦いなのにゲリラ戦を仕掛けてまで長引かせる理由”なんて普通ではない。


「少し、丁寧に調べたほうがいいかもね」


 そう言いながら、スコープは建物中に入っていった。



※※※※※※※※※※



「……なるほどね」


 建物の中、スコープは資料を手に取る。窓から差し込む光が、毒の霧が晴れてきたことを表していた。


「何か見つかったのか?」


 義手を動かしながら警戒しているフラッシュ。彼の胸元に叩きつけるように、見つけた資料を渡した。


「『アリスプロジェクト』? なんだこれ?」

「それが国軍の本当の狙いだよ」


 前国軍の長の娘の名前はアリス。彼女は内乱に巻き込まれて、五歳で命を落としたと言われている。それが、役十年前の出来事だ。

 これはこの国に生きている人間なら誰もが知っている現実だ。


「『アリスを次代の人間として丁重に扱え』。『決して誰にも渡すな』? なんだこの指示書。出鱈目過ぎる」

「普通の人間なら、そう判断するだろうね」


 元国軍でもこの指示書は偽装指示の一つだと思っていたに違いない。だからか、雑に扱われていた。


 もう一度言う。“アリスは十年前に死んだ人間だから”だ。


 スコープ自身も何もなくこの指示書を見たら、何を言っているんだと鼻で笑って捨てていた。しかし、元国軍の中に人体強化された兵士が混ざっているのなら話は別だ。

 この世界でも、過度な人体強化はご法度だ。理由は簡単、それは神の領域であって人類が到達してはいけない場所。

 たとえ倫理が腐った世界でも、人間である以上越えない線がある。

 しかしスコープは、そんな倫理を軽く笑って超えていく人間たちの存在を知っている。だからこそ、自分は黒に身を堕とした。


『スコープ、そろそろ爆破させたい』


 ボマーから待ちきれないというように通信が入った。

 スコープはいくつかの資料を持ち出して、建物の出口に足を向ける。


「いいよ。もうすぐしたら離脱する。そしたら、好きなだけ爆破を楽しんで」

『やった。ありがとう』


 スコープの足取りは、どこかいつもより慎重なものだった。

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