第二話
元国軍は主に突発的戦闘を主軸においている。一撃突破の一斉撤退を心がけているいわばゲリラ戦闘だ。
これは主に、相手を局所的に疲弊させるための作戦だ。敵勢力が巨大な時に使われている。
しかし、これを成功させるのには大前提が一つある。それは“本拠地が相手にバレていない”ことだ。
スコープは双眼鏡を覗き込み、相手の動きを観測する。
瓦礫の都市から離れた森の奥──木製の建物群である彼らの基地があった。
「なるほどね……」
いくつかのポイントを観察して、彼は双眼鏡から目を離す。
風に紛れて流れ込んでくる油の臭いを振り払うように、鼻をこする。
彼らの服装は主に緑や茶色でコーティングされていた。これは明るい場所でも木々などに溶け込む配慮だろう。事実、昼間でありながら、目を凝らさないと見つけにくい。
「スコープ、爆弾の仕掛けは全部終わったよ」
瓦礫ビルの高層で、敵陣地を観察していたスコープの背後から声がかかる。振り返ると、元国軍たちと同じ格好をした少女が立っていた。
彼女は顔に塗られた迷彩色のペイントを落とし、男の目を気にすることなく着替え始める。金と茶色の中間のような暗いボブ髪を後ろに結び、赤茶色の瞳はやる気なさげな印象だ。
華奢な体や小ぶりな胸を隠すように、彼女は黒い服に着替えた。
「お疲れ様、ボマー」
「少し浮かない顔だね」
静かに言いながらボマーはスモークと同じ様なマスクをつける。
「兵士たちが侵入した君の顔を見ても部外者として認識しない時点で、ここは捨て基地確定だからさ」
ゲリラ戦のもう一つの弱さは、兵士の入れ替わりが激しいこと。様々な兵が色んな場所で入り組んで攻撃を仕掛ける。回転率を上げるために、末端の者たちの身元は一々確認しない。
だからその脆弱性も一つの弱点と成りうるのだが、相手は元とはいえ国軍だ。さすがに重要な施設は顔の確認を厳にしている。
ボマーは潜入工作特化というよりも、戦闘での面制圧が主な役目だ。彼女が目立たずに爆弾を仕掛けたという事実が、目の前の基地の重要度の低さを物語っていた。
「ま、覚悟はしてたけどさ」
基地が複数に分けられていることは、最初からスコープの想定内だ。
彼は軽く肩を竦めるだけで、あまり気にしないことにした。
「で、どうするの? 爆破させるの?」
「あのねボマー。爆破のときだけ目を輝かせるのやめてくれないかな?」
「……むぅ」
口を尖らせるような雰囲気をまとっているが、スコープは首を静かに振った。
「爆破させるのは、“依頼してきた国軍に情報を握られたくないから”後処理として先に仕掛けさせただけだよ」
「……じゃあどうするの?」
「まずはスモークの毒ガスを撒く。直接四人で突撃する以上だ」
簡潔な作戦に、ボマーはまだ不満げであった。
※※※※※※※※※※
「ニャッハハー!! 風よーし! 湿気よーし! これなら満遍なく回る回る!」
拳銃を整備しているスコープの横で、目がキラキラしているスモークが飛び上がっている。彼女の声に驚いたのか、森の中の数話の鳥が、飛び立った。
現在、四人は元国軍たちの基地に気づかれないように忍び寄っていた。木々の隙間からは、人の声が聞こえてくる。
スモークが大きな声を出して、森の獣たちを驚かしても気づかないあたり、相当末端の基地なのが伺える。
しかし、それが逆に狙い目でもあった。
末端であれば末端であるほど、基地の脆弱性は高くなる。本部からの任務通知書などの書類管理も雑にしてあることも多い。
そういうものを確保できれば満点。ここの基地一つ壊滅できただけでも及第点だ。現国軍は強く何も言ってこないだろう。
「どうしたのだ、ボマー」
あからさまにテンションの低いボマーに対して、フラッシュは義手を調整しながら尋ねた。
「生きた人間が吹き飛ぶところ……見たかった」
やはり彼女は、いまだに爆破させてくれないことに不服を抱いているようだ。
ボマーの言葉を聞いて、フラッシュが困った顔を向けてくる。スコープは素知らぬ顔をして肩を竦めた。
そもそもの話、フラッシュ以外がおかしいのではない。ここに所属しているフラッシュがおかしいのだ。
略奪者集団に倫理を求めるほうがおかしいだろう。
といっても、彼は彼でここ以外に居場所がないのだろうが。
「それじゃあ、いっくよー!!」
スモークの合図とともに、スコープはガスマスクをつける。フラッシュもため息をつきながら続けて装着する。
くぐもった呼吸音に混じって、煙が立つような音が聞こえてきた。
黄色い煙が周辺に立ち昇り、風に煽られて揺れる。
ここで初めて異変に気がついたのか、人間たちの慌てた声が響き渡る。
まさか、毒ガスを使ってくるなんて、思っても見なかっただろう。
それはそうだ、現国軍は少なくとも体裁は保っているものだと思っていたのだから。汚い戦法はどちらかといえばゲリラの専売特許だ。
──そんな体裁、肥溜めほども価値がないけどね。
スコープは表情を変えずに、心の中で呟いた。
風に煽られ、毒ガスは辺りに巡っていく。枯れた木々を見つめながら、拳銃の遊底を引いた。
「生き残りは全員殺せ。生かしても価値はない」
その言葉に、三人は返答すらしない。




