第四話
遅れてすみません。
「ありがとう、セリアさん」
「ううん、今回の功労者だもん。気にしないでゆっくり休んで」
あれから回復ポーションを飲んで魔力を回復させたセリアがミシェラとハイトを回復させ、一旦休憩をしている。
「ハイト…だったよな?お前すげぇよ、あんなバケモノを倒せるなんて!」
「俺たちは何もできずやられちまったからな」
「情けねぇな」
倒れていた学園生たちは、ハイトと黒狼の死闘中に意識を取り戻して、その激闘をただ見ていた。
自分たちは震えて何もできなかったのに、そんな自分よりも弱いハイトが恐怖に打ち勝って黒狼を打ち倒す様は、彼らの目に焼き付いて離れない。
「そんなことないよ。僕だけじゃ勝てなかった。セリアさんが黒狼を逃がさないようにして、ミシェルさんが敵の攻撃を相殺してくれなかったら勝てなかった」
「そうだな…お前たちはすげぇよ!」
素直に褒められて照れを隠し切れず、もぞもぞするハイト一行。
「ハイト…話があるけど、いい?」
ハイトの服の裾を掴んで、チラチラとハイトを見ながらハイトの反応を伺うミシェル。
「うん、なに?」
そんなミシェルの様子に気づかないであっけらかんと純粋に返答するハイト。
どうやら彼の洞察力は、恋愛面においては鈍いようだ。
「みんな、とりあえず荷物をまとめようか」
そんな甘い雰囲気を感じ取った空気の読めるセリアはハイト一行に集まっていた学園生をばらけさせる。
そして、ミシェルにウインクしてその場を立ち去るセリアにミシェルはさらに顔を赤らめる。
「そうだ、じゃあ僕も…」
「君は休んでていいよ」
ミシェルを置き去りにしようとする鈍感男を引き戻すセリア。
そして、すぐさまその場を立ち去るセリア。
「…」
「…」
しばらく、無言の時間が続く。
ここ数年、まともに口をきいていないため、お互い気まずいのだ。
「ミシェル…あの、僕に何か話でも?」
「…」
昔のミシェルなら言えたであろう言葉が今では詰まって言えない。
ここ数年、まともに人とコミュニケーションをとらず、突き放していた弊害だ。
昔のように素直に感謝を伝えることすらできなくなっていた。
「ハイト…その…」
「何かやっちゃった…ミシェルさん?」
ミシェルは自分がさん付けで呼ばれている事実に気が付いた。
もうハイトを突き放す理由がない彼女にとってそれは、とても距離を感じる寂しいものだ。
「その…さん付けじゃなくて、昔みたいに……ミシェルって呼んでよ」
トマトのように顔真っ赤でハイトの顔すら見れずにいるのを他の学園生が見ていたら、驚くことだろう。
ミシェルは学園で甘える姿を見せることなんて一度たりともなかった。
孤高の女王と呼ばれるほど、常に一人で研鑽を重ねていたからだ。
「分かったよ、ミシェル」
そんなミシェルの心の葛藤を知らないハイトは何のためらいもなくミシェルの名を呼ぶ。
ミシェルと呼ばれ、心臓の鼓動が急速に早くなるのを感じる。
「あの…それで……その、」
このままじゃオーバーヒートすると思い、早く感謝の言葉を伝えなくちゃと勇気を振り絞ってハイトの顔を見る。
すると、ミシェラの目にハイトの背後にいる何者かが魔法を放とうとしているのが目に映る。
ミシェラは反射的にハイトをどかし、伝えたかった感謝の言葉を告げる。
「ありがとう」
――ああ、やっと伝えられた。
魔法に飲み込まれ、ミシェルの意識はそこで絶えた。
突然、ミシェルに突き飛ばされて何事かと思った矢先、ミシェルが魔法に飲み込まれたのをハイトの脳が処理するのに数瞬かかった。
「ミシェル!!」
ミシェルのもとへ駆け寄ろうにも体が動かなくなった。
恐怖だ。
黒狼以上の恐怖を感じる。
呼吸ができない、この強大な気配は不味い。
即座にこの恐怖に適応して、振り返ると人型の角の生えた見覚えのある存在がいた。
「ま…ぞく」
魔族、それは魔物の上位種であり、知性を持つ魔物が擬人化したものを指す呼び名だ。
おそらく、あの角はオーガが擬人化した姿だと推測するハイト。
「ほう、俺のオーラを受けてなお動けるとは、貴様なかなかやるな」
直前まで気配すら感じなかった。
油断していたわけではない、ここはダンジョン内だから警戒を解いたつもりはない。
それでも気配を感じられなかった。
「お前は…何者だ…?」
なんとか言葉を紡ぎ、時間を稼ごうとするハイト。
もう自分たちに余力はない。
そんな状態で黒狼より上位の存在の相手などできない。
「ほう…時間稼ぎのつもりか?まぁいいだろう。どうせ死ぬのだから、特別に名乗ってやろう。
我が名はギロウ、魔族の名を連ねるものだあああああ!!」
ギロウは名乗ると同時にさらに圧倒されるようなオーラを解き放つ。
そのオーラの奔流を歯を食いしばって耐えるハイト。
しばらくして、オーラが収まるとギロウは周りを見渡す。
「ふむ、状況を見るにシュバルツの分身体はやられたのか。貴様ら雑魚にしてはなかなかやるじゃないか」
「…」
相手の一挙手一投足を見ているハイトにギロウの言葉を気にしている余裕はない。
「まぁその様子だと満身創痍と見る。戦士としては万全の状態で戦いたかったが、こちらは命令を受けているんでね。さっさと死んでもらおう」
「お前たちの…目的はなんだッ!!」
会話が終わりそうだったので、何とか時間を稼ごうと会話をつなぐハイト。
「そうだな…」
そういうと同時にギロウの姿は消える。
「クソが!」
それと同時にハイトは駆け出す。
自分に来ないという事は他の場所に行ったという事だ。
「セリアさん!」
「とりあえず死ね」
ギロウはセリアに殴りかかろうとしていると思わせて、こちらに拳を翻す。
「ッ!?」
「お前が一番厄介そうだからなぁ。先に潰させてもらうぜ」
ギロウは拳を振りかざすのを見て、躱せないと悟ったハイトは腕をクロスさせて衝撃に備えようと身構える。
(ここで前衛である僕が倒れたら終わりだ)
ハイトは思考を加速させる。
策を考えるにも時間も能力もない。
どうにか衝撃を受け流して、耐えるしかない。
ハイトは目をしっかりと見開いて、拳の衝撃を和らげようと全神経を集中させる。
腕が折れるくらいなら大丈夫。
最悪のケースは自分の意識がなくなること。
死なずに、倒れずに、タンクとしての役目を果たせ!
ハイトは無意識に拳を受け流そうとする。
ゴオオオオオオオオオン!!
突如、轟音が洞窟内に響き渡った。
「なんだ?」
ギロウは拳を止めて、状況確認のために背後を即座に振り返る。
すると、黒狼が壁に抉られ瀕死となっていた。
「あれ?ずいぶんと広い空間に出たな」
聞き覚えのある天使のような声が聞こえてきて、ハイトはひどく安心感と若干の恐怖を覚えた。
全身が汚れてもなお、彼女の髪は風に揺られても白髪に靡き、エメラルドの瞳はギラギラと野性味にあふれていた。
「ウィーナちゃん!」
セリアがウィーナの姿を見て歓喜の声をあげる。
「あれは、シュバルツの本体…貴様、何者だ!分身体を倒すまだしも、本体を倒すなど一介の学園生では不可能のはずだッ!」
ギロウはやけに焦ったような声を出す。
まるで先ほどのハイトのように時間を稼ごうとしているような、そんな風に見えた。
「おいおい、何をそんな焦ったような声を出してんだよ、魔族様がよぉ」
ウィーナは前世でギロウ程度の魔族は殺せるくらいの実力を持った剣士だった。
転生してさらに修練を重ねて強くなった今では数体の魔族程度なら雑魚として処理できるほどになった。
だが、ギロウだってバカじゃない。
ここら一体には人質として価値のある雑魚がたくさん転がっている。
「動くなッ!お前が動くと、こいつ等を殺す」
「チッ」
ウィーナは人質に取られる可能性を考えて、自分に注視してくれるようにあえて魔族にオーラを放っていたのだが、思いのほか頭が回り、結局人質に取られてしまう。
オーラに当てられると、バカは冷静になれないでこちらに飛び掛かってくるのだが、ギロウは冷静を保つことができた。
しかし、ウィーナの表情は絶望に変わるどころか笑っていた。
「何を笑っているッッッ!!」
ウィーナが何を考えているか分からず、さらにウィーナを警戒するギロウ。
それが仇となった。
「グッッッ!?」
ギロウの背後からハイトに剣で刺されていた。
その一瞬の隙をついてウィーナがギロウまで距離を詰めて、生徒たちのいない方向へ蹴り飛ばす。
「よくやった、ハイト。お前ならやってくれると思っていたぞ」
「いや、目線でやれと僕に殺気立てて言ってましたよね!?」
ギロウは自分に向けてオーラが放たれたと思っていたが、それはハイトに向けて放たれた殺気の余波に過ぎなかった。
「ふむ、やはり死闘はお前を張る遥か高みへと導いてくれたようだな」
「はい、ウィーナさんの殺気訓練が生きるとは思ってもみませんでした」
ハイトは強烈なオーラを受けてもひるまないように、ウィーナから殺気から耐える訓練を受けていた。
だが、まだ弱めの殺気しか受けていなかったため、黒狼のオーラには怯んでしまったことを黙っておこうと心の中で決めるハイト。
「セリア!応急処置はできたか?」
「うん、大丈夫だよ!ミシェルちゃんも無事!!」
自分の身代わりになったミシェルの無事を聞いて、ハイトは心から安心する。
「さて、待っていてくれてありがとな」
「フッ…全く隙を見せないやつがよく言うぜ」
ギロウは隙あらば襲おうとしていたが、ウィーナがこちらを警戒しているのが伝わってきたため、待たざるを得なかったのだ。
「襲ってくれたら楽だったのに無駄に勘がいいな、お前」
「俺は慎重派なんだ」
ウィーナが前に歩き出す姿をハイトは後ろから眺めることしかできない。
鞘に入れられた細剣を抜き、その銀色の光を輝かせる。
「ッ!?」
ギロウは目の前にいたウィーナをしっかりと目で追っていたはずが、いつの間にか肩口に傷を負っていた。
すぐさま拳を地面に叩きつけ、砂埃を上げる。
その一瞬の時間で魔力探知を周囲にするが、ウィーナの気配がまるで感じられない。
この場にいるのは不味いと判断したギロウはその場を引こうと後ろにジャンプをすると、目の前にウィーナが突如現れた。
「バケモノ…!」
「女の子にバケモノっていうなんて、酷いな。モテないぞ、お前」
空中では躱せないと悟ったギロウは防御姿勢をとるが、ウィーナに蹴飛ばされ、地面に叩きつけられる。
洞窟内に轟音が響き渡り、衝撃波でハイトは立っているので精一杯だ。
「身体強化を使ってない…」
衝撃波が止んで、一連の戦闘を見て気づいたことをぼそりと呟くハイト。
「そうだ、正確には攻撃の瞬間に魔力を解放していて、それ以外は素の身体能力で戦っている」
「うわぁ!?」
いつの間にか自分の後ろに立っていたウィーナの声に驚くハイト。
後ろを振り向くと、息を切らさず、余裕綽々としている彼女の姿を見て、改めて規格外なんだと思い知らされる。
「他には相手の意識外に飛び込むことで、消えたように見せかけるだとか……おや?」
「ッ!?」
ウィーナがハイトにこの戦いの詳細を解説をしていると、凄まじい魔力のオーラが発せられる。
「はあああああああああああああ!!」
「ここで出し切る気だな」
ギロウは自分の出せる最大限の魔力を解放する。
このまま戦ってもジリ貧だと悟った彼は、自分の出せる最大限の攻撃でいくしかないと決断する。
ギロウの強さはその鉄壁の肉体による攻撃力と防御力だ。
「いくぞおおおおおおおおお!!」
それを身体強化でさらに底上げしたことで、二メートルを超える巨体ではなし得ないスピードが実現する。
「ふんッ!!」
ギロウが拳をふるうだけで、洞窟内に風吹き荒れる。
しかし、この攻撃をものともしない様子で躱しては剣を振るうウィーナ。
――キンッ!!
「金属かよ」
悪態をつくウィーナ。
ウィーナが魔力を込めて剣を振っても、傷にすらならない。
「どんなに速くても攻撃が通らなければ意味はない!!」
ギロウはだんだん目が慣れてきて、ウィーナのスピードに追い付けるようになった。
そして、ついにウィーナの動きを捉え、こぶしを握り締め、一発で仕留められるように最大限の魔力を込める。
「しねえええええええええええええええええ!!」
ギロウはウィーナが何かしら構えをしていることに気づく。
いや、気づくのが遅すぎた。
ウィーナの姿を捉えることに必死で、彼女の動作を見ている余裕がなかった。
「一閃」
ウィーナは居合の構えからギロウの懐に入り込み剣を横に一振りし、駆け抜ける。
「くそ…が…!」
鋼鉄よりも固い体のギロウを真っ二つにしたウィーナの姿を見て、ハイトはただただその姿を目に焼き付けていた。
「何見てんだよ、惚れたか?」
「…あっ、違います!」
顔を真っ赤にして必死に否定するハイト。
そこに、ウィーナは渡さないとセリアまでやってきてウィーナに抱き着く。
長い戦いがやっと終わってみんな安心しきっているが、ウィーナの顔は晴れなかった。
「ウィーナ?」
「…なんだ?」
ギロウの体から不吉な魔力が漏れ出しているのを感じるウィーナ。
この悍ましい魔力に身に覚えのあるウィーナはある存在に思い至って、すぐさま全員に指示を出す。
「皆、今すぐ逃げろ!」
「でも、みんな疲れて走れないよ…」
「安全装置は!?」
「…ウィーナさん。なぜか今、安全装置は使えないんだ」
「なに、どういうことだ!?」
ウィーナは黒狼本体との戦いで、グループでいては危険だと思い、自ら孤立したため安全装置の事情については知らない。
分身体の消滅を本体が知って、動揺していた一瞬の隙を狙ってダンジョンの壁を物抜くほどの攻撃をして、ハイト一行に合流したのだ。
「この空間は、我が掌握しているからな。誰も助けには来れんよ」
ギロウの死体は闇に呑まれ、その闇から声が発せられる。
この空間断絶結界を張っていたのは、声の主だという。
思えば、空間断絶結界を張ったのが誰かは誰も言っていなかった。
ハイトは、失念していたと反省をする。
「さて、契約を果たそうか」
「…悪魔」
悪魔は呼び出したものの願いを叶える代わりにそれ相応の代償を払う契約を結ぶ異界の存在だ。
「ウィーナちゃん、悪魔ってあの…悪魔?」
「そうだ、こいつは私一人でもどうにかするのは難しいな」
悪魔は、精神生命体なため現世に顕現する際、肉体を魔力で構成している。
そのため、物理攻撃も魔法攻撃も魔力さえあれば、回復してしまう。
そして、魔力切れを狙おうにも、そこまで耐えられるかはこの戦力では怪しい。
さらに、負傷者を守りながら戦うのであれば、もっと厳しくなるだろう。
「すまない…俺たちは足を引っ張ってばかりだな……」
黒狼に倒されていた負傷者組は、皆覚悟を決めた目をしていた。
彼らは分かっている。
自分たちでは、戦力になるどころか足手まといにしかならないという事を。
足手まといとなって、仲間を死なせるくらいなら――
――少しでも彼らの力になれるように囮になった方がマシだ。
「あとは、俺たちに任せてくれ」
死ぬのは怖い。
でも、彼らはいずれ人類の希望になる。
そんな人たちを死なせるほうが罪深い。
自分たち凡人が死んで、彼ら英雄が生き残る可能性が一パーセントでも上がるのなら、喜んで命を差し出す。
そんな覚悟はもうとっくに、十年前から出来ていた。
「だから、その後のことは任せる」
彼らは武器を持ち、ハイト達の前に出ようと前へと一歩ずつ歩みだす。
自分の命すら顧みず、人類のために命を差し出すその心持も、英雄と呼んでも遜色ないだろう。
「…」
「セリア?」
セリアはウィーナをジッと見つめていた。
「…やるのか?」
「うん」
ウィーナはセリアの覚悟を決めた目を見て、自分ではこれは止められないとウィーナは悟る。
セリアの体から魔力とは違う神々しさを感じる光のオーラが漏れ出す。
「聖光結界」
悪魔とウィーナ達を囲むように神秘的な光を放つ結界が覆う。
「光の結界…そうか、今代の聖女はお前なのだな!」
悪魔は良い情報が得られたと嗤う。
これでこの悪魔を取り逃がすと、魔族側に聖女の情報が洩れてしまうこととなる。
そうなれば、魔族側は天敵である聖女を殺すことが最優先となり、聖女は殺されないように厳重に神殿で匿われ、時が経つまで誰とも会うことは叶わなくなるだろう。
「セリアさん、どうして!!」
光の結界を叩いて、反抗する死の覚悟を決めた英雄たち。
「あなたたちが生きなきゃ……なんで、俺たちなんかのために!」
結界に阻まれ、崩れ落ちる英雄。
「君たちの覚悟を無碍にするようなことしてごめんね。でも、私は誰かが死ぬのを黙って見ることはもう…嫌なんだ」
セリアは再び、悪魔のその悍ましい姿を目にする。
全身真っ黒に覆われた肉体に血のような紅い瞳、禍々しい角に尖った耳を持つ闇の魔力の権化。
「さて、セリア、ハイト。覚悟はできてるか?」
「うん(はい)!」
「せいぜい、足掻いてみせろ」
ウィーナ、ハイト、セリア対悪魔による最後の戦いが幕を上げる。
「おい、お前はまだ重症だから立つなとセリアさんから…」
聖光結界が張られる直前、英雄たちが覚悟を決め、歩みだすその遥か前。
「そんな目を見せられちゃ誰も止められねぇよ」
悪魔が現れる前、ウィーナが助けに来るよりも前の話。
「頑張れよ、英雄」
確かに一歩一歩、前へと踏み出していた。
短編のつもりなのに長いなこれ、いつ終わるんだ?




