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方舟戦記:金融街の帝王  作者: ゆきやこんこ
二章 ガウェイン・ジェイソン
8/10

第一節 『養分を吸い取る雑草』




 ラノベガスは今日も治安が悪い。

 煌びやかで華やかな街並みは来訪する人々の心に感動と希望、癒しを与える。

 だが、その仮面の裏には──欲望と野望、そして悪意が息を潜めていた。恰好の獲物が釣り餌(トラップ)に掛かる、その瞬間を虎視眈々と狙って。


 そして今日もまた──、



「──ガウェインが捕まった? それは本当か?」


 俺の一日は悪運から始まった。


「はい。今朝方、憲兵隊が情報局ビルに家宅捜索に入ったようです。理由は分かりませんが、彼が逮捕されたということは……」


「初めからラノベガスタイムズが狙いか」


「恐らくは」


 頷くアナスタシアを横目に、俺は窓の外を見る。椅子の背もたれに身を預け、深く息を吐いた。


「彼は誠実な男だ。とても不正をするようには見えない。だとするなら、俺との契約がどこからか漏れたか」


「告発ですか。正義感の強い社員がいたなら、それもあり得ますね」


「もしくは、ヘクターの置き土産かもな」


 俺は右側の引き出しから一冊の帳簿を取り出して、そっと机の上に置いた。


 黒いなめし革で綴じられた装丁本は、かなり年季が入っている。

 角は擦れてボロボロになり、表面もヨレヨレだ。横から覗くと、中の紙も日焼けとカビで駱駝(らくだ)色に変色している。


「これは?」


 アナスタシアが眉を寄せて尋ねる。


「ヘクターの顧客名簿だ」


 俺は帳簿の表紙を指で軽く叩いた。


「流石は麻薬王というだけのことはある。この中には数百人に及ぶ、世界中の名立たる有力者たちの名前が書かれている」


 俺は帳簿を手に取り、適当なページを開いた。

 そこには几帳面な文字で、無数の名前が並んでいた。


「彼らは顧客であり、そしてヘクターの後ろ盾(スポンサー)でもあった。あの記事を出したことで、彼らの恨みを買ったのかもしれない」


「その線で考えた方が良さそうですね。ただの正義感だけで自分の食い扶持を絶つなんて、そんな愚かな真似を記者がするはずないでしょうし」


「そうだな」


 俺は小さく頷き、手元の帳簿に再び視線を落とす。


 ズラリと並んだ名前──。

 そのどれもが知っている人物の名だった。

 会ったことのある人物も中にはいる。だが、会ったことはなくとも名前だけを見れば分かる人物もいた。


「まだ確定したわけじゃないが、もし本当にそうだとしたら、次の敵はこの名簿に載っている連中とその協力者たちになるだろう」


 世界中にいる汚物まみれの腐り切った権力者たちと、それを陰で協力している犯罪組織との全面戦争。

 その予兆がひしひしと伝わってくる。


「望むところです。社会のゴミを片付けるのは得意ですから」


 アナスタシアは平気な顔をして言った。

 まるで机の角に溜まった埃を払うかのような、さも当然だと言わんばかりに。

 しかしそれは彼女にとって、日常の一部に過ぎなかった。


「血の気が多いのは良いことだが、相手の顔は立ててやらんとな。それに犯罪組織ならまだしも、名簿にある連中は(みな)、犯罪者ではない」


 今の彼らは世間的に言えば善人だ。

 善人である以上、表立ってこちらから危害を加えるわけにはいかない。

 悪人を相手にする場合はその限りではないが、それでも相手のやり方(スタイル)を尊重すべきだろう。


 対話には対話で、横暴には横暴で、武力には武力で。

 その時の状況に合わせて、臨機応変に。


「だから君の役目は最終手段になりそうだ。アナ」


「はい、承知しております。アダム様」


 固く結ばれていた唇が、ほんの少し綻んだ。

 頼りにしている──と暗に伝えたからだろうか。アナスタシアの凛々しい顔に、桜が咲いた。

 そう思えるほどに頬を染めて微笑む彼女の姿は、ひときわ華やいで見えた。




     ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 オラクルスクエア──。

 ラノベガス情報局ビル前には、大勢の人だかりができていた。

 道を行き交う馬車の列を除いて、誰もがある一点を見上げ、立ち止まっている。


 Y字の交差点の中心に聳える情報局ビルの壁面。そこに設置された半透明の薄い魔力板には、年若い女性の姿が映し出されていた。

 夏を感じさせる純白のノースリーブブラウスを着た茶髪の美女が、真剣な眼差しでカメラに向かって最新情報を伝えている。


『──本日、ラノベガスタイムズの社長、ガウェイン・ジェイソン氏が麻薬取締法違反の疑いで逮捕されました』


 麻薬取締法違反……?

 俺は目を一瞬細めて、眉根を寄せた。


『憲兵隊の調べでは、バルグリッドファミリーの本拠点から押収した麻薬取引台帳の中に、ガウェイン氏の名前があったことから逮捕に踏み切ったとのこと』


 麻薬に関する取り締まりは、国ごとによって違う。

 世界各国で共通しているのは、“譲渡・譲受・栽培・製造・輸入・輸出”の六項目。

 ただ、所持や使用については、取り締まる側にも適用される可能性を考慮して、合法とされている国が殆どだった。


 しかし、取引記録や顧客名簿に名前が記載されているだけで、違法行為と見做されたのは今回が初。

 異例中の異例。なんなら、まだ法整備すらされていないグレーゾーンだ。

 それに──、



『──現在も憲兵隊による取り調べは続いていますが、ガウェイン氏は容疑を否認している模様です』


 どうせ捕まえるなら、もっとマシな口実を使うべきだろう。

 例えば先日の“フェイクニュース”を理由に、報道法違反で逮捕したとか。

 他にも色々と難癖を付けようと思えば出来たはずだ。


 にもかかわらず、冤罪を吹っ掛けるとは良い度胸をしている。

 本当はラノベガスタイムズの記者たちに直接話を聞こうと思って来たのだが、この報道だけで結論は出た。


 ガウェインはヘクターが遺した後ろ盾(スポンサー)の恨みを買ったのだ、と。


 そしてその原因の一端は、俺にある。

 彼の後ろ盾(スポンサー)になる代わりにやらせた仕事が、結果として彼を窮地に追い込んでしまった。


「なるほど。種に不純物が混じっていたか。養分を吸い取る雑草は、早めに抜いておかないとな」


 この状況を招いた責任は取らなければならない。

 彼を救うためにも、そして俺の望みを叶えるためにも。


「──念話呼出(コール)・アナスタシア」


 俺は踵を返し、人の海に紛れる。

 その中で右手の人差し指と中指を耳に当て、喧騒に掻き消えるほどの小さな声で、そう呟いた。




     ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 正午過ぎ。

 誰もが昼休憩に出る頃合いを見計らい、俺は冒険者ギルド総本部へと向かった。


 大理石で覆われた広間(ロビー)が、涼しげな風と共に俺を出迎える。


 昼食時を狙ったおかげで、冒険者やギルド職員はほとんどいなかった。

 受付を職員ひとりが担当し、ギルド内の清掃や新たな依頼書の張り出しを四人の職員が黙々と行っている。


 その場にいる冒険者たちも「早く依頼を決めて昼食に行こう」と話している。

 どうやら、ほとんどが既に昼食へ向かったようだ。


「──ようこそ冒険者ギルド総本部へ! またお会いできて光栄です、アダム様!」


 中央の受付カウンターには、前回、俺の対応をしてくれた受付嬢がいた。


「覚えていてくれたのか」


 毎日大勢の客を相手にしているにもかかわらず、顧客のひとりに過ぎない俺を覚えているなんて驚きだ。


「はい、かなり印象的だったので。あんな口説かれ方をしたのは初めてでしたし」


 ふふっ、と小さく笑う受付嬢。

 彼女の胸元にある名札には『ミリア』という名前が刻まれている。


 前回は特に気にも留めなかった。

 あの日は非常に混雑していたし、俺の後ろにも長い列ができていた。

 用件を早く済ませようという気持ちの方が多かったし、特に深く関わるつもりもなかったからだ。


「引き抜きという意味でなら、確かに口説いたな」


「それって今も有効なんですか?」


「ああ、もちろんだとも」


 俺は微笑み、頷いた。


「君が転職したいと思った時に、うちの門を叩くといい。いつでも歓迎するよ」


「ありがとうございます。機会があれば是非そうさせてもらいますね」


 ミリア嬢は軽く頭を下げて礼を述べた。

 それから話を本筋に戻す。


「それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」


 揺るぎない眼差しが向けられる。

 その表情から察するに、大方こちらの用件は察しているのだろう。


「前回と同じだ。総本部長(グランドマスター)に会いたい」


「承知いたしました。総本部長(グランドマスター)は最上階にいらっしゃいます。階段だと大変ですので、あちらの昇降機をご利用ください」


 ミリアは受付カウンターの右手側を指差した。

 そこには鉄格子の扉が見える。あれが昇降機なのだろう。

 扉上部には、等間隔に並ぶ小さな魔水晶があった。そしてそれは現在、一番左だけが灯っていた。


「今回は随分とすんなりなんだな」


総本部長(グランドマスター)から、次来たら通すようにと言われてましたので」


 ミリアは微笑みながら答えた。

 前回は断られたのにこうも対応が違うと、何か裏がありそうな予感がしてくる。


「なるほど。何はともあれ、今日も丁寧な対応感謝する」


「いえいえ、とんでもございません! お帰りの際は、是非お声がけくださいね!」


「それは君の忙しさ次第だな」


「暇であって欲しいものです」


 冗談交じりの返答に、俺は思わずふっと笑った。


「それでは、いってらっしゃいませ。アダム様」


 彼女は深く一礼し、俺を見送る。

 その所作を横目に──、



「──ああ、行ってくる」


 俺は受付の右手側にある昇降機へと歩を進めた。


「────」


 昇降機の格子戸がカシャリと閉まる。

 ゆっくりと身体が浮き上がるような感覚が足から伝わった。


「さて……」


 狭い空間。密室に、ひとり。

 ここには誰もいない。覗き見る者も、聞き耳を立てる者もいない。


「この騒動を仕組んだ黒幕(もの)には、どんな夢物語(シナリオ)が良いだろうか」


 俺は不敵に笑いながら、次の計画を練り始めた。



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