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方舟戦記:金融街の帝王  作者: ゆきやこんこ
二章 ガウェイン・ジェイソン
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第三節 『虎穴に入らずんば』




 結論から言おう。俺はこれから逮捕される。


 現在、俺たちは噴水広場のベンチに並んで座っていた。

 見据える先は眼前、噴水の向こう。ラノベガス憲兵本部。通称・憲兵隊本部だ。


「──やはり危険では?」


 隣に座るアナスタシアは懸念を口にするが、頑なに拒むという感じではない。

 あくまでも心配程度の具申だ。


「リスクは承知の上だ。君を送るよりは気が楽だからな」


 奴隷時代の過去を俺は知らない。

 権力者に対して嫌悪するようになった原因も分からない。

 彼女の発した言葉の中から察することしか、俺にはできない。


 きっと非人道的行為を受けていたのだろう。

 昔を思い出させるような行いを、命じるわけにはいかない。俺の数少ない良心が、強くそう訴えていた。


「……私は、アダム様の護衛です」


 だが、アナスタシアは引き下がらない。

 そんな彼女に、俺は彼女にしかできない役割を命じた。


「それでもだ。火中の栗を拾うのは俺でいい。君は対岸に火が移らないよう注視していてくれ」


 何も俺は憲兵隊を壊滅させたいわけじゃない。

 今のところ信用の置けない組織になっているが、都市の治安維持を担っている立派な組織でもある。

 軍を保有しないこの国において、彼らは必要不可欠な存在だ。


 だからこそ、今回の計画は慎重を期す必要があった。


「────」


 ほんの少しだけ、間があった。

 感情と理性、個人と役職の間で、もの凄い葛藤があったのだろう。

 だが、最後には理性が勝ったようだ。


「……承知いたしました」


 アナスタシアは小さなショルダーバックの中から黒い帳簿を取り出す。

 そしてそれを俺に差し出した。


「どうか、ご無事で」


「ありがとう」


 俺は顧客名簿を受け取ると、おもむろに席を立つ。

 それからゆっくりとした足取りで、憲兵隊本部へと進んでいった。




     ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 三十段ほどの階段を上り切ると、正面入り口の両端に佇む憲兵が、俺を一瞥する。

 顔、服装、そして靴を順に見て、再び視線を前に向けた。

 どうやら不審者とは思われなかったようだ。

 

 俺は入り口をくぐり、内部に入る。正面ロビーは吹き抜け構造だった。

 中央に受付、その両端から伸びる階段。天井は高く、巨大なシャンデリアが吊るされている。

 ロビーを挟んで、東棟と西棟に分かれているらしい。


 入り口と受付の中間、床には大きな紋章が描かれていた。

 ラノベガス憲兵を象徴する紋章だ。


 双天秤の受け皿にはそれぞれ本と、剣が置かれている。

 本は法を意味し、剣は秩序を意味する。法と秩序を守る執行機関を表している。

 

 受付カウンターには、制服を着た女性職員が三人待機していた。

 彼らの視線が一斉に俺に向けられる。俺は中央に座る職員の前へ進んだ。


「こんにちは。本日はどうなさいましたか?」


 紺碧の髪を肩口で綺麗に切り揃える女性職員は、にこやかに微笑んで用件を尋ねる。


「──自首をしに来た」


 俺も彼女に倣って、にこやかに微笑みながら言った。

 三人の女性職員は一瞬驚いたように目を見開いた。だが、すぐに表情を元に戻し、俺に別の問いを投げかける。


「自首ですか……。どのような罪を犯しましたか?」


「──殺しだ」


 俺は何も悪びれることなく、ただ平然と事実を述べた。


「ヘクター・バルグリッドとその一味を殺した」


「────ッ!!」


 すると右にいた職員が、非常警報のスイッチを叩いた。

 けたたましい警報音が建物全体に鳴り響く。正面入り口および全窓に鉄格子が下りる。これにより、館内にいる全ての人間の出入りが封じられた。


「そしてこれは君らの探しもの──」


 俺は踵を返し、双天秤の紋章の上に立った。


「──顧客名簿だ」


 言いながら右手に抱える黒帳簿を、その場に落とした。


「──発火(イグナ)


 掌の上に火種を灯し、それを黒帳簿の上に垂らす。

 ふわりと滴り落ちる紅蓮の雫。その幻想的な光景は、張り詰めた氷漬けの空気を、ほんの少しだけ、忘れさせた。


「そこを動くな! 膝を突き、両手を頭の後ろへ回せ!」


 約三十人の憲兵がロビーに集い、俺を取り囲む。

 誰もが剣を抜き、槍を構え、杖に魔力を注ぐ。だが、誰一人として俺に近寄る者はいなかった。


 それもそうだろう。俺はヘクター・バルグリッドを殺し、バルグリッドファミリーを壊滅させたのだ。

 憲兵隊ですら容易に手を出せなかった連中を。


「────」


 そして俺は彼らの指示に従った。

 両膝を床に付け、両手を頭の後ろに回し、無抵抗の意思を示した。




     ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 俺が勾留されたのは、東棟の地下にある牢屋だ。

 ただの牢屋ではない。床や壁、天井は大理石のような艶やかな石材が使用され、鉄格子の代わりに分厚いガラスが使われている。

 ベッドも未使用のようで皺ひとつなく、椅子やテーブルも新品そのものだった。


吸魔石(きゅうませき)魔封石(まふうせき)の混合石材か。これなら脱獄は不可能だな」


 何よりも驚きだったのは、この強化ガラスの材料も同じだったことだ。


「魔力は使えない。だが、魔力以外の力は使える。それを考慮して、吸魔石も混ぜ合わせたというわけか。なるほど、よく考えられている」


「──あんたが(くだん)の犯人か」


 室内の構造に感心していると、背後から低い声が届いた。

 振り向くと、強化ガラスの中央部、胸の高さに小さな穴が無数に開いた部分があった。会話用の通気孔だ。


 そこに立っていたのは二人の男女。


 一人は黒を基調とした金刺繍の制服に身を包む金髪の男性。

 長身で、鋭い眼光でこちらを睨みつけている。


 もう一人は、白を基調とした銀刺繍の制服を纏う栗毛の女性だ。

 警戒の色を示しているが、睨みを利かせるほどの鋭さはない。むしろ俺を刺激しないよう慎重になっているような気がした。


「君らは?」


「何故、俺たちがお前に名乗る必要がある? 殺人犯のお前なんかに」


「たとえ、俺がどこの誰であろうと、君ら憲兵隊は法を順守する必要がある。名を尋ねられたら名乗れ。それが義務だろう。──君らの」


「何だと、この──ッ!!」


 額に青筋を立てて憤る男を、女性が細腕で制した。

 そして彼女が先に名乗る。


「──申し遅れました。私は特務課所属のビアンカ・バークレイです」


 特務課──。

 裏社会の組織や犯罪を秘密裏に取り締まる特別捜査チーム。通常の憲兵では手に負えない危険な案件を扱う部署だ。

 いわば、治安維持最後の砦。それが憲兵隊特務課である。


「よろしく、ビアンカ。君とは仲良くやれそうだ」


「それはあなたの態度次第ですね」


「お互いにな」


 俺は端的に言葉を返し、すぐに隣を見た。

 未だに男は俺を睨んでいる。強化ガラスが無ければ、飛びかかってきそうな勢いだ。


「それで──君の名は?」


 俺は答えを待ちながら、男の反応を観察する。

 男は歯を食いしばり、怒りに身を震わせる。だが、ようやく観念したのか。重い口をゆっくりと開いた。


「──レオン・ハーグリーヴ。それが俺の名だ」


「よろしく、レオン。俺はアダムだ。フォール街でアヴァロニア金融という小さな金融商会を営んでいる。金に困ったら、いつでも利用してくれ」


「誰がするか! その前にお前は凶悪犯だ! 財産は全てこちらで押収させてもらうし、お前が釈放されることは二度とない!」


 大犯罪組織を壊滅させた──という事象は英雄的に見える。

 しかしそれが正しい行いかどうかを決めるのは、大衆ではなく法執行機関だ。


 個人が勝手にやったことは犯罪となる。

 冒険者ギルドなど然るべき機関で正式な依頼を受けるか、自らが法執行機関に属するか。それ以外に免罪の余地はない。


「普通は、そうだろうな」


「随分と自信があるようだな。この状況で、今のお前に何ができるってんだ」


「──司法取引」


 俺は端的に答えた。

 最もインパクトのある衝撃的な答えを。


「司法取引だとッ!? ふざけるな! 誰がお前なんかとするか!」


 レオンは即座に反発する。だが、ビアンカは違った。


「最終判断は取引内容を聞いてからでも遅くないのでは? 彼も商人として不釣り合いな取引はしないでしょうし」


 彼女は商売の本質を理解している。

 取引を成立させるには、お互いに利がなければならない。

 片方だけが得をして、もう片方が損をする──なんていうのは、単なる詐欺だ。


 それに相手は憲兵。悪を正す側の人間だ。

 彼らに対して、そんな馬鹿げた取引を持ち掛けるなんて、罪を余計に重ねるだけの愚かな行為にしかならないだろう。


「そうだぞ、レオン。話は最後まで聴いた方が良い」


「お前は黙ってろ!」


 レオンは俺に向かって指を突きつけた。


「これは俺たちの話だ! 勝手に口出しするな!」


 とはいえ、このまま彼のペースで話を進めれば、日が暮れてしまう。

 流石にそれは御免被りたい。


「──先にこちらの要求を言おう」


 だから俺は彼を無視して話を進めた。


「こちらの要求は、ふたつ」


「おい!」


「まずひとつ──」


「いい加減にしろよ、この野郎!」


「──ラノベガスタイムズ社長、ガウェイン・ジェイソンの釈放」


「おい! 勝手に話を進めるな!」


「それからもうひとつ──」


 俺は一呼吸おいて、本当の狙いを打ち明けた。






「──俺に免罪特権を付与してくれ」


 全ての罪が免除される最強のカード──免税特権(JOKER)

 それこそが、俺にとっての“虎子”だった。



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