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小さな森の小さな家に住む、ラーニャは、夜の散歩が大好きです。
森の中には獣もいますが、何もしなければ襲ってくることはありません。
それを知っているから、ラーニャは毎夜、のんびりと森を歩くことができるのです。
けれど、ラーニャにも怖いものがあります。
それは、人であれば誰でも恐れてしまう、原初の、本能の恐怖。
恐れと安らぎ、両方を与える存在。
それは、朔の夜のことでした。
真っ暗なよる。
それは、月に1度の、朔の夜のことです。
朔の夜は、お月様は姿が見えません。
雨の日でも、曇りの日でも、お月様は隠れていても、存在します。
けれど、朔の日は。
お月様が完全に、隠れてしまうのd素。
真っ暗な、夜。
朔の夜は、すべての始まりなんだよ、と、おばあさんは優しくラーニャに教えてくれました。
真っ黒な真っ黒な森の中。
いつもならば月の光にキラキラと輝く葉も、しっとりと闇に染まり、静かです。
朔の夜は、出歩いてはいけないよ。
おばあさんは、ラーニャのストロベリーブロンドの髪を、優しく撫でながら言いました。
こんな夜は、早めにベッドにはいって、ゆっくりとおやすみ。
朔の夜は、闇に静まり返り、誰もが皆ひっそりと隠れて、新たな光の誕生を待ちわびるのだから。
ラーニャは頷いて、自分のベッドへともぐりこみました。
ふかふかと暖かい藁のベッドは、草の香りがして幸せな気分にしてくれます。
窓にかかったカーテンは、ふわりと柔かで、その向こうに静かな森を見せてくれました。
ラーニャは、眠れません。
なにかが森にいるようで。なにかが森で起こっているようで。
我慢できずに、おばあさんが寝静まるのを待つと、そっと家を抜け出しました。
真っ暗な森の中。
まるで、誰もなにもいないような、そんな森のなか。
かさかさと、ラーニャの歩く音だけが、あたりにひびきます。
気配すら消えた、朔の森。
みながみな、自分の住みかで息を潜めているはずの夜。
かさかさ。
こそこそ。
ふいに、葉音が聞こえました。
びくり、とラーニャは立ち止まり、目を凝らします。
当たりは闇。闇。
ラーニャは、悲鳴を飲み込みました。
じっと見詰める視線の先で、不意に闇は、ゆらり、とゆれ始めたのです。




