第7話 初めての成果
目が覚めてから丸一日。ようやく体が動くようになってきた。その間も、村の人たちは温かく接してくれた。何もできない俺に、朝晩の食事を届けてくれ、余計な詮索もしてこない。
……だからこそ、何もしないで甘えてるのは、ダメだろ。
今の俺にできること。それは、この"鍛錬S"の力を確かめることだ。ベッドから起き上がり、さっそく床の上で腕立て伏せを始めてみる。鍛錬といえば筋トレだろう。ついでにスクワット、腹筋……とにかく、思いつく限り体を動かしてみた。
結果、10分でベッドに沈没した。
「あぁ……しんど」
息が上がり、体中が痛い。普段から鍛えてないツケがモロに来た。部活はもっぱら帰宅部だったからな。小さい頃は体を動かすのは好きだったんだが。年を重ねるにつれて段々億劫になっていた。
とはいえ、ステータスが上がるかもしれないなら、そんなことも言っていられない。
「ステータスオープン」
──結果、変化なし。
やっぱりちょっとやそっとじゃ上がらないか……。まぁ、予想はしていたけどな。こんなちょっとで上がるようだったら何も苦労はない。だが、さまよい歩いていたあの日々が鍛錬になっているとすれば、裏を返せばある程度負荷がかかっていれば、特定のなにかじゃなくても効果があるということでもある。
「気分転換に外でも出てみるか」
木造の家々が並び、小川のせせらぎがすぐそばを流れている。畑では数人の農民が鍬を振るい、干された洗濯物が風に揺れていた。鶏の鳴き声が遠くから聞こえ、子どもたちの笑い声が路地裏にこだましている。どこか懐かしくて、穏やかな空気が流れている。
村を歩くと、何人かの村人に「勇者様」と声をかけられた。
俺は、あ、どうも、とぎこちない笑顔で返すのがやっとだった。ちょっとカッコ悪かったかな……。
寝てるだけの俺に優しくしてくれる人たちを前に、居心地の悪さが胸に刺さる。何か……俺にも、できることはないか。
そんなとき、薪割りをしている老人の姿が目に入った。白髪で細い腕のその人が、懸命に斧を振っている。
「すみません、それ……俺にもやらせてもらえませんか?」
「勇者様にそんなことをさせるわけには……」
「いえ、俺……何もしないのが落ち着かないんです」
お願いして、無理やり納得してもらい、斧を受け取る。重い。想像以上にずっしりくる。振りかぶって、薪をめがけて思いきり振り下ろす──が、
「うわっ!?」
斧は木に当たらず、勢い余って後方の物置に突き刺さった。
「……これが、武器適性Fの実力か」
いや、Fっていうか、もはやマイナスでは? 自嘲するように苦笑いするほかない。老人の顔もひきつってる。
「ハハハ……」
もちろん俺の顔もひきつってる。
「こうやってやるんじゃよ」
そう言って老人が、薪に斧を立てかけてから叩きつけるという、現実的なやり方を見せてくれた。なるほど、それなら俺にもできそうだ。
そこからは、ひたすら薪を割る。割る。割る。割る。
力の入れ方を工夫しないと、刃が滑る……ただ力任せに振り下ろせばいいってわけじゃなさそうだ。力がうまく伝わるようにゆっくり丁寧に進めていく。
腕が上がらなくなるまで、繰り返す。気がつけば、夢中になっていた。ふと顔を上げれば、空が茜色に染まりかけていた。どこかで夕げを知らせる鐘が鳴り、小川の水音と子どもたちの声が、微かに風に乗って届いてくる。
夢中になっていたせいで、時間の流れに気づかなかった。けれど、なんだか悪くない──そんな気がした。
そろそろ帰るか。汗を拭って立ち上がる。こんなに何かに打ち込んだのは久しぶりかもしれない。
「今日は、ありがとうございました」
「とんでもない、礼を言うのはこちらの方です。どうもありがとうございました」
老人と別れて帰路につく。家に戻ると、また村の人が食事を届けてくれた。
「聞きましたよ、薪割りを手伝ってくださったとか。本当にありがとうございます」
「いやいや……こっちこそ、ありがとうございます」
互いに頭を下げ合うやりとりが、なんだか心を温かくした。
布団に横になった頃には、全身が筋肉痛でバキバキだった。
「明日は……動けるかな、これ」
ベッドに仰向けになって今日の成果を確認する。頼む、これだけやったんだから、何かしらの成果が欲しい。
「ステータスオープン」
目の前に表示されるウィンドウを恐る恐る覗き込む。
≪ステータス表示≫
名前:ハヤツジ アヤト
ジョブ:―――
称号:村人
レベル:1
【能力値】
HP:60/90(+15)
MP:70/75
筋力:18(+3)
耐久:18(+3)
敏捷:12
知力:12
精神:15
器用:14(+2)
「上がってる……!」
思わず声が漏れた。筋力も耐久も、確かに伸びてる。やっぱり、“鍛錬”でステータスが上がるんだ……!
体を起こし無意識に拳を握った。やっと、やっとだ、前に進めるぞ。
一方で、知力も精神も変化はなかった。予想していた通り、ステータスは鍛錬の種類によってあがっているのだろう。薪割りじゃ頭は使わないし、精神もさして擦り減らないからな。途中からなんかちょっと楽しくなってたし。
だけど、器用さは少し上がってるんだな。そんなに小難しい作業ではなかったが……もしかして、斧をうまく扱う工夫やコツを掴んだのが影響してるのか?
「まずは色々試してみないとだな」
そしてふと、画面に新しい項目が増えている事に気がつく。
「称号、村人……。バカにしてんのか……いや、まぁ、村人には世話になってるけどさ。どうせなら“薪割り職人”にしてくれてもいいんだけどな」
そんな冗談みたいな表示も今なら笑って受け入れられる。俺はにやにやしながら布団に潜り込んだ。
そして、もうひとつ発見があった。
昨日見つけた<ユニークスキル>の下に<スキル>の項目が追加されていた。
「なんだ、これ……?」
≪スキル候補:正拳突き Lv0≫
状態:未習得(進行度 34%)
適性カテゴリ:素手攻撃
発現条件:該当カテゴリの継続行動
備考:スキルは習得条件を満たすと自動的に開放されます
他の項目と違って、まだ半透明表示だ。未習得ってことはまだ使えないってことだよな。けど、進行度は3分の1ぐらいまでは進んでいる。今日の鍛錬でスキル習得の経験値みたいなものが溜まったってことか?
この調子でいけばあと2日もあれば習得できるってことだよな。レベルなんか上がらなくたってスキルも習得できる! 俺はまだ勇者じゃない。力もない。だけど……
「レベルアップなんか知らねぇよ……俺は、鍛えて這い上がるんだ」
安心と達成感に包まれながら、ゆっくりと眠りに落ちた。
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