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第5話 孤独な旅路

 広間から連れ去られた俺は、王城の地下にある一室へと連行された。粗末な石造りの部屋。その中心に投げ捨てられるように転がされた俺の周囲を、ローブを纏った神官たちが取り囲む。そして、一つの小さな革袋が投げ捨てるようによこされた。


 何の説明もない。体裁だけは整えて自分達の罪悪感を薄めようとでもいうのかよ。向こうの世界の連中と何も変わらない。自分は悪者ではないですよ、という恩着せがましい偽善。


 俺は革袋をぎゅっと握りしめた。それでも、貰えるものは貰っておくさ、これ一つで俺の命運が変わるかもしれない。お前たちの命運もな。


 神官たちは冷めた目で俺を見下ろしていた。やがて彼らが一斉に低い声で詠唱を始めると、足元の魔法陣が青白く輝き出し、その光は瞬く間に全身を包み込んだ。まぶしい光に視界が奪われる。


 まるでトンネルを抜けた時のように次の瞬間には、見渡す限りの草原だった。あっけないほどの迅速な追放だった。


 空は群青色に染まり、無数の星々が煌めいている。だが、その星の並びは見慣れたものとはどこか違う。天頂には、見覚えのない、月よりも二回りは大きな天体が淡く光を放っていた。


「……星の並びも違う。これが“異世界”ってやつか」


 吐き捨てるように呟きながら立ち上がる。風が吹き抜け、背丈ほどの草が波のように揺れた。草の香りが、どこか薬草のように刺激的で、鼻を突いた。

 見渡しても人の気配はなく、静寂が広がっていた。足元には、小さな革袋がひとつだけ落ちていた。


「……これが、俺にくれた“せめてもの情け”ってか」


 中に入っていたのは干し肉と少しの硬貨。旅の備えってレベルじゃない。


「スマホでも残ってりゃ……って、どうせ圏外か」


 それでも、頭は不思議と冷静だった。 王に追放を言い渡された時の怒りも、神官の冷たい目線も、今はすでに過去のことのように感じる。ただ、これからどう生きるか。その一点だけに思考が集中していた。


「ステータスオープン」


 小さく呟くと、目の前に半透明のパネルが浮かび上がった。そこに表示されたのは、あのときと何一つ変わらない、絶望的な数値だった。


≪ステータス表示≫


名前:ハヤツジ アヤト

ジョブ:―――

レベル:1


【能力値】

HP:50

MP:50

筋力:10

耐久:10

敏捷:10

知力:10

精神:10

器用:10


「……変わらないか」


 深く息を吐き、空を見上げる。その時、ふと草の間に煌めく光が目に入った。小さな虫だった。だがその翅は、蛍のように瞬き、しかも七色に光っていた。


「うわ……これ、虫? でも光が……」


 小さな異世界のリアル。それは不気味で、美しくて、そして――どこか孤独を際立たせた。あまりに現実味がなくて、自分の置かれた立場を忘れてしまいそうだ。

 右に行くべきか、左に行くべきか。前か、後ろか。何も分からない。


「運命の分かれ道、か」


 ぽつりと呟き、革袋を手に、草原の奥へと足を踏み出す。地面の感触が伝わり、自分の一歩を確かめる。ここからが、俺の始まりなんだ。


「カントリーロード……このみ~ち~、ずぅと~、いけば~♪」


 誰に聴かせるでもなく、気まぐれのように口ずさみながら、俺は歩き出した。


「……あ~の街に~、続いて~る……気がす~る……カントリーロード……」


 不思議と涙が溢れてきた。頼る人もいない、行く当てもない、明日どうなるかもわからない、本当の一人きり。なんてことはないさ。俺は一人でもやれる。やってやるさ……。


 ――そう自分で励ましていた。


***


 それから、何日が経っただろう。 三日か、あるいは四日か。空は何度も明るくなり、そしてまた暗くなった。幸いにも危険な目には合わずに過ごせていた。魔物にでも襲われていれば、今の俺ならひとたまりもないんだろうな。


「もしかしたら運だけは、Aはあるのかもな……」


 誰にでもなくつぶやいた声は掠れていた。革袋に入っていた干し肉は昨日の夜でなくなっていた。水は途中一度だけ、大きな葉の上に溜まっていたものを接種したきりだ。もうしょんべんもでねー。


 それから、また数日が経過した。太陽の下では口が渇き、夜の寒さに体が震えた。知らない植物、光るコケ、奇妙な鳴き声。すべてが非日常で、すべてが現実だった。


「この世界……生きるだけでイベント発生だな」


 冗談めかした独り言が、かすれた声で風に流れた。

 この世界には、思っていたよりもずっと街というものが少ないのかもしれない。あるいは、俺がただ、延々と円を描くように同じ場所を彷徨っているのか。


 この世界に俺は一人きりなんじゃないかと思えてくる。


 足の裏は皮がむけ、関節は痛みを訴えかけてくる。服は汚れ、体は悪臭を放っているに違いない。それでも歩くことはやめなかった。止まったら俺の負けだ。


「負けてたまるか……」


 最後に見たあいつらのさげすんだ目だけが原動力だった。このまま野垂れ死んだら、それこそやつらの思い通りになる。それだけは嫌だった。

 気温の高い日中の移動は避け、朝と夕方に移動を集中させる。なるべく歩きやすい道を通りたいが人が歩くような道なんてそもそもなかった。


「とにかく……水がないと……やばい」


 危険を承知で山の中に入っていく。魔物が出ても構いやしない。今はそれどころじゃない。

 背筋にゾワリとくる音が走った。遠くの方で木々の擦れる音とは違うざわつきが聞こえた。耳を澄ませて息をひそめる。


 ザー……


 川の音だ! 俺は茂みをかき分けて音の方へと向かった。崖の下に川が流れていた。降りられないこともない。もう目の前の川に向かう事で頭がいっぱいだった。


 その時、パキリと枝が折れる音が聞こえると同時に足元が崩れた。


「あ、やばっ……!」


 次の瞬間、視界が回り回り、激しく体が崖を転がった。

 視界が、波のように暗転した。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

現在は隔日で更新しています。


よければブクマや評価、感想などで応援いただけると励みになります。

今後の展開もぜひお楽しみに!

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