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第46話 総攻撃

 イグザリオンの巨体が、俺の渾身の一撃を受けて大きくのけぞった。轟音が響き、衝撃波が床を砕く。熱と冷気が入り混じった空気が爆ぜ、視界が一瞬にして白く染まる。


「やった……!?」


 精神の首の仮面が砕け、顔半分が吹き飛ぶ。その痛みに呼応するように、炎と氷の首も苦悶の咆哮を上げ、攻撃を中断した。


 紫の光が一瞬だけ弱まり、重く淀んでいた空間が嘘のように静まり返る。巨大な体が傾ぎ、鈍い音を立てて膝をつく。


「アヤトがやったぞ!」タックの叫びが響いた。


 その声に俺は血の味を感じながら唇を歪めた。息が荒く、視界が霞む。それでも声を振り絞る。


「……今だ……! 全員で、畳みかけろ……!」


 仲間たちが同時に動き出した。


 ユナが炎の矢を放ち、裂けた皮膚の隙間を正確に射抜く。矢が突き刺さるたび、青白い火花が散った。


 ダリルは盾を構えて突進し、突き出された氷の首を押し返す。


 エルドは懐から取り出した爆符を投げつけ、魔力を込めて起爆させた。炸裂する炎が氷の首を包み込み、ひび割れた鱗を焼き切る。


 リリィは補助魔法を重ね、仲間たちの身体を淡い光で包み込んだ。その光が脈打つたび、彼らの動きが目に見えて速くなっていく。


 タックは盾を地に叩きつけ、雷の魔力を纏わせた一撃で炎の首を打ち据えた。轟音が響き、眩い閃光が空間を裂く。


「押せるぞ、今なら!」


 タックの声に、全員の士気が一気に上がった。


 ……だが、その中で、俺の意識はゆっくりと遠のいていった。


 HP1。視界が揺れ、身体の感覚が薄れていく。勝利を掴んだはずなのに、全身の力が抜けていくようだった。


(……まだ……終わって……ない……)


 足元が崩れる。

 イグザリオンの肩から滑り落ちる感覚だけが鮮明だった。


「アヤトさん!」


 フィーナの悲鳴が響く。


 その声に反応するように、タックが即座に動いた。鋭く飛来する氷の破片を弾き飛ばしながら走り、落下する俺を両腕で受け止める。重い衝撃に彼の体が沈むが、タックは歯を食いしばって踏みとどまった。


「ったく、無茶しやがって……!」


 フィーナが駆け寄り、治癒魔法の光を放つ。暖かな光が俺の身体を包み、失われかけていた呼吸がかすかに戻る。光の中で、フィーナの額には汗が滲んでいた。


「アヤトさん……もう少し、頑張って……!」


 仲間たちは息を荒げながらも、崩れ落ちるイグザリオンを見つめた。巨大な影が揺らぎ、地鳴りのような音を立てて沈み込んでいく。勝利の気配が、空気の中を満たしていった。


 イグザリオンの巨体が、崩れ落ちるように倒れ込んだ。轟音が響き、舞い上がる土煙が視界を覆う。仲間たちは息を呑み、慎重にその光景を見つめた。


「……動かない、か?」


 タックが低くつぶやく。


 だが、ユナはすでに次の動きをしていた。残りの魔力をすべて矢に込め、リリィの強化魔法がその力をさらに増幅させる。


「──《メテオ・レインバースト》ッ!」


 ユナの叫びが空間を震わせた。矢の先端から放たれた魔力が天へと駆け上がり、灰色の天井を貫くように光の円陣が展開される。空気が軋み、重力そのものが歪んだような圧が場を包む。


 次の瞬間、赤熱した小隕石が次々と降り注いだ。リリィの強化魔法がその軌道を導き、炎の尾を引くそれらは雨のようにイグザリオンを包み込む。連続する爆発が空間を震わせ、地面が揺れ、耳鳴りがするほどの轟音が響いた。


 やがて炎の光が薄れ、降り注ぐ隕石が最後の一発を残して消えていく。轟音が静まり、代わりに砂煙と焦げた匂いが漂った。耳をつんざいていた咆哮も、今は聞こえない。


 煙の向こうに見えるのは、動かない巨体。静寂がゆっくりと広がり、仲間たちは息を呑んだままその光景を見つめた。


「……終わった、の?」


 リリィが震える声で呟く。


 沈黙の中、フィーナが小さく息をつき、震える唇から言葉が漏れた。


「……やった……!」


 その一言を皮切りに、仲間たちの間に勝利の確信が波のように広がっていった。


 タックが肩を叩く。


「アヤト、よくやったな!」


「本当に、すごかったですよ……!」


リリィも笑みを見せ、フィーナが膝をついて俺の手を握る。みんなの声が遠くに響き、胸の奥が熱くなる。


 視界の端にステータスウィンドウがちらつく。HPは1。フィーナの魔法で意識をつなぎ留めているが、体は限界を迎えている。MPもわずかで、立っているのがやっとだった。


 それでも、仲間の笑顔を見た瞬間、全てが報われた気がした。指先が震える。けれど、その震えすらも、今は誇らしい証のように思えた。


(……終わった、のか……? 本当に……)


 荒い息を整えながら、俺はゆっくりと空を見上げた。灰色の天井の向こうで、何かがわずかに軋む音がした気がしたが、疲労と安堵で頭がうまく回らない。


 仲間の笑い声、重なる息遣い、熱気と静寂――その全てが勝利の余韻として胸に刻まれていく。


 ――だが、その時だった。


 床全体が低くうねるように震えた。静まり返っていた空気が、まるで何かを拒むように張りつめる。イグザリオンの巨体が微かに蠢き、砕けた仮面の奥で紫の光がチラリと明滅した。


 誰もが息を呑んだ。


 勝利の余韻が、ゆっくりと不穏な気配へと変わっていく。嫌な圧力が、皮膚の内側からじわじわと這い上がってくるようだった。


(……まさか……まだ……)


 誰も声を出せないまま、紫の光がふたたび強く脈動した――。


 ドクン──。


 空気が震え、胸の奥まで響くような低い鼓動が広間を包み込む。光がひときわ強まり、砕けた仮面の奥から、再び何かが目覚める気配がした。


大分更新開いちゃいましたが、区切りまでは頑張って書き進めようと思います。

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