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第45話 命懸けの一撃

 仲間たちの顔には重苦しい沈黙が広がっていた。誰もが次の一手を見失い、目を伏せ、唇を引き結んでいる。

 炎と氷と精神を操る怪物に対し、まともな勝機など残されていないように見えた。


 俺は全員を見渡し、静かに口を開く。


「……俺の考えを聞いてくれ」


 仲間たちの視線が一斉に集まる。緊張で喉が渇くが、言葉は止まらなかった。


「作戦はこうだ。俺が敵の攻撃を受けてガッツスキルでHP1まで耐える」


「HP1……!? 正気か?」


 タックが目を剥く。

 俺は頷く。


「逆境スキルは残りHPが少ないほど攻撃力が跳ね上がる。その極限状態で心撃を叩き込めば、奴にも大ダメージを与えられる」


 ユナが顔をしかめる。


「でも炎や氷を食らったら動けなくなるでしょ?」


「だから狙うのは精神攻撃だ。身命転化でMPダメージをHPダメージに変換して耐える」


 フィーナが息を呑む。


「でも、それじゃリョウタさんみたいに錯乱する危険が……」


「だからフィーナの治癒魔法が必要なんだ。正気を取り戻させてくれれば俺は立て直せる」


 一瞬の沈黙のあと、俺は仲間を見回す。


「炎と氷の首は注意を引きつけてくれ。俺が一撃を放ったら全員で畳みかける」


「……本気でやる気なのか?」


 タックが険しい顔で問う。


「ああ。さっきの戦闘でみんなもわかっただろう? 今の俺達の攻撃じゃまともにダメージは通らない。だがこの方法なら数十倍のダメージを叩き込めるはずだ」


 皆の顔は暗かったが、俺は静かに息を整えた。

 仲間の前で先頭に立って決断するなんて、この世界に来るまでなかった。でも、悪くない。

 らしくないと思いながらもそんな自分が嫌ではなかった。


「大丈夫だ。ミノタウロスもこの方法で仕留めた。きっとあいつも倒せる!」


 みんなが俺の顔を見ている。その目にはどこか希望のようなものが芽生えているような気がした。


「……わかりました。私が必ず支えます」


 フィーナは一度ぎゅっと胸元のペンダントを握りしめ、深く息を吸い込んだ。

 その瞳はもう迷っていない。震えを押し殺し、まっすぐに俺を見据えた。


「アヤトさんが命を懸けるなら、私も覚悟を決めます。どんな闇に飲まれても、必ず引き戻します」


「お前が命を懸けるなら、俺たちも命を懸けて敵の注意を引く」


 最年長のダリルが低く言った。


 その言葉に皆が頷き、暗かった空気に少し光が差す。こうして三つのチームが編成された。

 炎の首にはダリルとユナ、氷の首にはタックとエルド、精神の首には俺とフィーナ、リリィが向かう。


 しばしの静寂。誰もがこれから始まる戦いに備えて呼吸を整え、武器を握る手に力を込める。

 緊張で喉を鳴らす音さえ響く中、俺は全員を見回して力強く頷いた。


「行くぞ!」


 その一言を合図に、柱の影から一斉に飛び出した。炎の首に矢が放たれ、ユナが鋭い声で合図を送る。


「今!」


 ダリルの盾が火炎を受け止め、熱風が爆ぜた。氷の首にはタックが突進し、盾で受けながらエルドが煙幕弾を叩き込む。轟音と閃光が空間を裂き、巨体がわずかにのけぞる。


 その隙に俺たちは精神の首へ突撃する。


「よし、こっちだ!」


 心撃とウィプスバレットを連射し、敵の注意をこちらへ向けた。

 すぐそばではリリィが補助魔法を唱え、俺とフィーナの身体を淡い光で包む。筋肉が熱を帯び、視界が冴え渡る感覚が広がった。


 紫の瞳が俺を捉える。その瞬間、気配察知が異様な圧を感じ取った。


「フィーナ!」と叫んだ途端、視界がぐにゃりと歪む。


 世界は一変し、業火が空を覆い尽くす。仲間たちが次々と叫び声をあげて崩れ落ち、ユナの矢も、タックの盾も、炎と氷の奔流に飲み込まれて消えていく。


 遠くではギルドの街が黒煙に包まれ、村の人々の悲鳴が幾重にも重なる。瓦礫の下で助けを求める手が見え、耳に届くのは泣き叫ぶ声と爆裂音だけ。胸が張り裂けそうな絶望感が襲い、呼吸ができない。


 視界は赤と黒に染まり、崩壊していく大地の中で一人取り残される感覚に支配された。


(……俺が、全部失った? 本当に、俺のせいで……)


 心が音を立ててひび割れていく。仲間の笑顔も、温かな声も、全てが灰に変わって消える。手を伸ばしても誰にも届かない。もう立っている意味すらわからない――その刹那。


「アヤトさん!!」


 闇の中を裂くようにフィーナの声が響いた。凍りついた心臓に熱が注ぎ込まれるような声。伸ばしかけていた手が止まり、崩れ落ちかけた精神がかろうじて繋ぎ止められる。


 温もりが闇を裂き、視界が戻る。全身に重みを感じ、膝が折れそうになるのを必死に踏ん張る。ステータス画面にはHP1。


 ──その瞬間、金属が軋む轟音が耳を打つ。

 全身を焼き尽くす熱が駆け巡り、血の一滴にまで力が満ち溢れる。

 ウィンドウが金赤の残光を撒き散らしながら展開され、まばゆい文字が踊った。


《極限状態を確認──》

《スキル《逆境》が最大発動》

《効果:残HPに応じ攻撃力上昇──現在倍率×100》


 視界の色が鮮烈に輝き、鼓動が大地のうねりと重なる。

 息を吸うたびに胸が焼け、拳を握るだけで大気が震えるほどの力がこみ上げる。


「……これが、俺の全力だ!」


 遠くで仲間たちの戦う姿が見える。だが、その声は水の底から聞こえるように遠い。

 気配察知が鋭く冴え渡り、尻尾の一撃が来る瞬間がわかった。わずかに体をずらし、巨尾が床を砕くのを紙一重で避ける。


「今だ……!」


 巨体を駆け上がり、正面から頭部に対峙する。紫の瞳が再び光を放ち、圧倒的な気配が押し寄せる。死の予感に息が詰まるが、既に覚悟はできていた。


 その瞬間、横から閃光が走る。フィーナの魔法が炸裂し、敵の攻撃を中断させた。


「うおおおおおおッ!!」


 全身の力を解き放ち、俺は拳を振り抜いた。渾身の心撃が迸り、轟音とともに敵の頭部を直撃する。空間そのものが震え、閃光が闇を切り裂く。


巨体が揺らぎ、仲間たちの息を呑む声が遠くで響いた。

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