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第40話 奈落

 魔物が崩れ落ちてから間もなく、リョウタがこちらを振り返った。

 勝ち誇った笑みを浮かべながら、ゆっくりと俺たちへ歩み寄ってくる。


「ダンジョン、先にクリアさせてもらったぜ」


 その声には、勝者の余裕と皮肉がたっぷり混じっていた。


「お前より俺の方が上だって、ようやく証明できたな」


 鼻で笑いながら、リョウタはさらに距離を詰めてくる。

 どこまでも軽薄で、自己中心的なその物言いに、胸の奥がじわじわと冷たくなっていく。


 こいつは──何ひとつ変わっていない。いや、むしろ力を得たことで、ますます傲慢さに拍車がかかっている。


「そういや、先にクリアしたらどうするかって決めてなかったな。とりあえず……ギルドで大勢の前で土下座でもしてもらおうか。俺にたてついてすみませんでした、ってな!」


 唇の端を吊り上げて、リョウタは続けた。


「それとな。ランキングで一位になった時にもらった銀貨──あれ、本来は俺のもんだった。返してもらうからな」


 あのときの銀貨……。俺が魔物を討伐して得た結果を、自分の手柄として奪い返そうとしているのか。  それがこいつにとっての“誇り”なんだとしたら、あまりにも浅はかで虚しい。


 下卑た笑いを浮かべながら、リョウタの視線が俺の手元に移る。


「へぇ、ずいぶんいい指輪してるじゃねぇか。……どこで拾ったんだよ、それ」


 白々しく煽る声。俺は言葉を返さず、無言で睨み返す。

 胸の奥で、何かがじわじわと燃え上がっていくのを感じた。


「フィーナ、怪我してる人を治してやってくれ」


 俺は視線を切り替え、背後にいるリョウタの仲間たちに向けて言う。  フィーナは静かに頷き、倒れている冒険者のもとへと駆け寄った。


「……へっ。そんなことしたって、許してやらないけどな」


 リョウタが肩をすくめる。俺は静かに問いかけた。


「お前は……仲間が傷ついても、何も感じないのか?」


「傷ついた? あいつらが勝手にやられただけだろ。俺のせいにすんじゃねーよ」


 リョウタの言葉には微塵も悪びれた様子はない。こいつはそもそも一緒に戦った仲間を仲間とも思っていないのかもしれない。一触即発の空気が漂い始めたその時、先ほど助けた仲間の一人が慌てた様子で駆け寄ってきた。


「リョウタさん! 何かおかしいです。転送陣が……出ません!」


「……は? 出ない? なに言ってんだお前」


 一瞬、リョウタが眉をひそめて聞き返す。困惑と苛立ちが混じったような表情。


「さっきのがボスだったんだろ? 倒したら転送陣が出るって話じゃなかったのかよ」


 仲間の男が不安そうに頷きながら、答える。


「確かに……でも、どこにもそれらしい光は見えなくて……」


「ふざけんなよ……」


 リョウタの眉間が引きつり、ついには怒鳴り声が部屋に響いた。


「転送陣はボスを倒せば出るって言っただろ! なんでねぇんだよ! この部屋じゃないとこに出るとかじゃねぇのか!? さっさと探してこい!」


「そ、そんなこと言われても……」


 ナビゲーター役の青年がたじろぐ。視線が揺れ、声を詰まらせて言葉が続かない。 その沈黙を破るように、静かながらもはっきりとしたフィーナの声が響いた。


「アヤトさん、あれ……」


 彼女が指さす先──倒れた魔物の腹部には、黒く鈍く光る結晶のようなものがあった。

 俺はそれに近づき、慎重に覗き込む。


「これは……サンドワームと同じ……まさか」


 その瞬間、空間全体が低く唸るような音を発し、足元の岩が震えた。視界の端で、空間がゆっくりと歪む。重力が一瞬だけズレたような感覚。


「……何かがおかしい」


 俺は思わず《気配察知》で周囲の空気を探る。マナの濁り。収束し、膨張し──何かが、来る。

 次の瞬間、強烈な光が爆発のように弾けた。


 まぶしさと同時に、耳鳴りのような音が脳を突き抜ける。

 体が浮き上がるような感覚と、足元が消えたような不安定な重力の揺れ。

 視界が真っ白に染まり、思わず目を閉じた。


 ……どれほどの時間が経ったのか。


 ふっと重力が戻る感覚とともに、俺は地に足を着いた。

 目を開けたとき、そこは──


 全く異なる空間だった。


 無数の石柱が立ち並ぶ、巨大な神殿のような空間。ダンジョンというより、神域とでも呼びたくなるような場所だった。

 天井は遥か高く、淡い光が上から差し込んでいる。


「どうなってんだ、ここは……」


 リョウタが苛立たしげに吐き捨てる。俺は即座にマップを確認し、血の気が引いた。


「……第七十層」


 その場にいた誰もが動きを止めた。


「七十層……? 冗談だろ」


 先ほどの男が震える声で言う。


「七十層のダンジョンなんて……それ、A級……いえ、S級の可能性すらあります」


「ふざけんな! 俺たちが潜ってたのはD級ダンジョンの十層だぞ!? どうしてそんなとこに──」


「わ、わかりません……でも、あのボスの奥にまだ階層が続いていたとしか……。マップの情報があのダンジョンの続きだということを示しています……」


 青年の言葉は震えていた。


「さっきお前が倒した魔物の中にあった黒い結晶――あれと同じものを道中で見た。リョウタ、お前が倒したあの魔物はこのダンジョンのボスじゃない。ただの魔物が、何かの影響で凶暴化してただけだ」


 俺が補足すると、リョウタが顔をしかめた。


「……何だよそれ。後出しみたいなこと言いやがって」


 苛立ちを隠そうともせず、リョウタは俺を睨む。

 けれど、口調にはわずかに動揺がにじんでいた。


「じゃあ、本物のボスはどこにいるっていうんだ……」


 ドスン……


 地面が低く唸った。その振動は、足元だけでなく内臓にまでじわりと響くようだった。

 誰かが息を呑む音が聞こえる。空気が、重くなる。


 ドスン……


 再び、鈍い地響き。先ほどよりもわずかに大きく、近い。

 目には見えないはずの圧力が、背筋をなぞるように這い上がってくる。

 空間がざわめくような違和感と共に、誰もが息を詰めたまま動けずにいた。


 俺たちは、本能的に理解していた。

 これはただの魔物なんかじゃない。


 今までの常識が通用しない、何かが近づいている──と。


 気づけば、全員が無意識のうちに武器を握る手に力を込めていた。すぐにでも動けるように全身の緊張が高まる。


 そして、暗闇の奥から──それは現れた。

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