第3話 無能判定
光に包まれた瞬間、何かが違った。
それまでのクラスメイトたちとは明らかに異なる“揺らぎ”のようなものが、魔法陣の中心から広がった気がした。脳の奥を軽く刺激されるような感覚。肌が粟立つ。──これは何かある。そんな直感が、脳裏をかすめた。
……え? 今の、なんだ?
光はすぐに収まり、目の前には神官がいて──そして、その顔が不信と怪訝に歪んだ。眉間に深い皺が寄り、目が細められる。その違和感は周囲にも伝わり、クラスメイトたちのざわめきがピタリと止まった。重たい沈黙が降りる中、誰かのごくりと唾を飲む音がやけに大きく響いた。
神官がゆっくりと口を開く。その声が、空気を裂くように広間に響き渡った。
「ジョブ……なし。武器適性:F。魔法適性:F。生産適性:F」
言葉の意味が頭に入ってこない。何かの間違いだろう? 聞き間違いじゃないのか?
「Fって言った?」
「Sじゃなくて?」
「いや、確かにFって……」
「全部F? ありえなくない?」
ざわざわとした声が広がり、背中に冷たいものが這い上がる感覚。俺は無意識に神官の方へ歩み寄り、横からウィンドウを覗き込んだ。
「ちょ、君……」
神官が制止しようとする声も耳に入らなかった。ウィンドウに表示された文字が、視界に食い込んでくる。
ジョブ:なし
武器適性:F
魔法適性:F
生産適性:F
喉が渇き、呼吸が浅くなる。何かの間違いであってくれ、と祈るような気持ちで震える声を絞り出す。
「ステータスオープン……」
≪ステータス表示≫
名前:ハヤツジ アヤト
ジョブ:―――
レベル:1
【能力値】
HP:50(耐久10×5)
MP:50(精神10×5)
筋力:10
耐久:10
敏捷:10
知力:10
精神:10
器用:10
……なんだこれ。成人男性の平均ステが40、HP200、MP200くらいって情報、頭に入ってたはずだろ? それよりはるかに低い。これじゃ、子供以下なんじゃないのか。こんな、こんなの……。
待て、まだだ。適性の詳細があるはず……武器適性の中身を見れば──。
藁にもすがる思いで、項目をスクロールしていく。
剣:F
槍:F
弓:F
斧:F
短剣:F
槌:F
爪:F
投擲:F
杖:F
──そして、さらに続く“F”の列。魔法適正を含めたすべての適正がF表示だった。
……ウソだろ……なんで、どこまで見ても……F、F、F──。
目の奥が焼けつくような感覚。視界が霞み、世界が色を失っていく。
「これは、何かの間違いだろ、なあ、そうだろ?」
気づけば神官の服を掴み、必死に問い詰めていた。自分でも驚くくらいに取り乱していた。神官は冷めた目を細め、淡々と告げた。
「加護は絶対です」
その言葉が胸の奥に突き刺さり、俺の膝から力が抜けた。よろけた俺の背後から、肩に無遠慮に手が置かれる。
「マジかよ、オール10! HP50、MP50って……ある意味天才だな!」
いつも他人を小ばかにしてくる涼太が笑いながら覗き込んできた。クラスメイトたちが失笑し、そして哀れみの視線を向けてくる。まるで俺が壊れたおもちゃか何かのように。
「ジョブなしって、それって村人Aってことじゃね?」
笑い声が広がる中、俺は立ち尽くし、頭の中がぐしゃぐしゃにかき乱されていく。
なんでだよ……俺が何したっていうんだ……普通に生きて、普通に過ごしてただけなのに……。
ジョブがなければ、この世界で生きていく資格もない。頭の中に流し込まれた『勇者システム』の知識が、冷たく告げていた。俺は、異世界に召喚された『勇者』ですらなく、ただの無価値なゴミに過ぎない、と。それとも、まさか……村人Aにすらなれないってことか?
怒り、困惑、惨めさが渦を巻き、胸が押し潰されそうになる。目の奥が熱い。必死に俯き、感情を押し込める。
「ステータスが低くとも、勇者であればレベルアップ補正で成長できるんだろう? 人よりたくさん努力すれば済む話だ。……まあ、お前にそれができるとは思えんがな。適性は……ああ、残念だが、どうにもならん。生まれ持った資質ってやつだ」
カズマが冷たく言い放ち、場の空気を締めるような笑みを浮かべた。だが、その言葉に縋りつこうとした時、神官の目が俺を刺すように見下ろし、冷徹に告げた。
「ジョブの加護がない者は、レベルアップすることはできません。すなわち、勇者としての成長は不可能です」
絶望が胸に突き刺さり、何もかもが暗転する。思考が止まり、世界が遠ざかる感覚。
終わった……全部……。
「哀れだな」
カズマの言葉が遠くで聞こえたが、頭には入らなかった。ただ、鈍い痛みのように響いただけ。
「そんな、あまりに一方的すぎます……! 彼にもまだ、何か……何か可能性があるかもしれないじゃないですか!」
三輪早苗の声が神官に届くが、神官は無言で首を振り、答えることさえしなかった。
その時、高い玉座から王と側近たちが小声で何やら話し合っているのが見えた。視線がこちらに向き、何かが決まったように思えた。
「ハヤツジ アヤト」
名前を呼ばれ、無意識に王の方に視線を向ける。
「この国において、そなたに与えられる場所は、唯一つ。――辺境の地である」
その言葉の意味が、すぐには飲み込めなかった。
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