第26話 石碑に刻まれた名は——
ゴブリンたちが森の奥へと逃げ去った後、しばらく誰も動けずにいた。
重苦しい静寂の中、俺の耳に届いたのは、ライナーの笑い声だった。
「ったく……やってくれるじゃねぇか、アヤト」
肩で息をしながら、俺はなんとか笑い返す。
「ま、死ぬ気でやったからな」
後方から駆け寄ってきたフィーナが、今にも泣きそうな顔で俺の腕を取る。
「アヤトさん……無事でよかった……!」
そんな俺達の様子を見た他の冒険者たちも、次第に安堵の表情を見せ始めた。
一人がぽつりとつぶやく。
「まさか、本当にやっちまうとはな……」
その言葉をきっかけに、ぽつぽつと声があがり始める。
「お前のおかげで助かったよ」
「Fランクとは思えねぇな、あれは……」
称賛と驚きの入り混じった視線が集まるのを感じながら、俺はただ静かに息を整えていた。
でも、心の中には確かにあった。
——これが、“戦った結果”なんだ。
その重みと手応えを噛みしめながら、俺はゆっくりと拳を握った。
***
ギルドに戻ると、出発時よりもはるかに多くの人で賑わっていた。
「今日はランキング発表の日だからな。みんな結果が気になって集まってくるんだ。年間と月間のランキング、それぞれで報酬やギルドからの待遇も変わる。冒険者ランクの昇格にも影響するからな。……俺があのクエストを受けたのも、その辺を見越してのことさ」
ライナーが苦笑しながら俺に説明してくれる。
ギルドカウンターに向かい、受付のミランダにゴブリン討伐の成果を報告した。
「アヤトさん! ご無事で何よりです!」
冒険者証を受け取ったミランダが、嬉しそうに目を輝かせている。
「報告はギルド職員から受けています。ゴブリンロードが出たなんて、本当に大変でしたね……! 今、討伐結果を確認しますね」
彼女は俺の冒険者証を装置にかざし、端末に映る内容を見た瞬間、目を見開いた。
「……すごい、アヤトさん! アヤトさんがゴブリンロードを討伐されたんですね!? さらに、ゴブリンも合計で二十三体……これだけの成果をいきなり挙げた新人、私は見たことありません!」
ミランダの声が思わず大きくなり、周囲の冒険者たちがこちらを振り返る。
「今、討伐データを登録します。ちょうどこのあと、月間ランキングの更新があるので、ぜひご覧になってください。もしかすると……かなり上位にいくかもしれません!」
ミランダのテンションの高さにやや戸惑いつつ、俺とフィーナ、ライナーはオベリスクの前へと向かう。
オベリスクの前には、すでに多くの冒険者たちが集まり始めていた。皆、一様にざわつきながら巨大な石碑を見上げている。
その中に、見覚えのある男の姿もあった。
「……リョウタ」
気づいたらしいあいつが、こちらに歩み寄ってくる。
「おー、なんだ。お前も来てたのか。ま、どうせ見るだけだろうけどな。ランキングなんて、お前には関係ないし」
「見物くらい、誰がしても自由だろ」
「ハッ。見るんじゃなかったって後悔するぜ? 俺たちは今日、Dランクの魔物を狩りまくってきたからな。累計ランキングでトップになるのは間違いない。今さら“ダンジョンの件は無し”とか言っても、もう手遅れだぜ?」
勝ち誇ったような笑みを浮かべるリョウタ。だが、その時だった。
オベリスクに魔力の光が走り、ゆっくりと石碑全体に情報が刻まれていく。まず一番上、1位の場所に浮かび上がったのは、《???》という名前だった。
「……出た。例の未登録冒険者だ」
「まさか、また順位上がってんのかよ」
「どこかの勇者だって噂もあったけど、ほんとなのか……?」
ざわつき始めた冒険者たちの視線が一斉にオベリスクへ向けられる。だが、その直後、もう一度石碑全体に魔力が奔り、《???》の文字が淡く揺らぎ始めた。
「お、おい、更新入ったぞ……!」
パキッという小さな音とともに、名前の表示が切り替わる。
《アヤト・ハヤツジ》
「……え?」
俺自身、思わず声が漏れた。
「アヤトって、あの新人の!?」
「リョウタのパーティとは違うやつだよな?」
「Fランクの勇者って聞いたけど……」
周囲の冒険者たちがどよめきながら、次々と俺に視線を向ける。
その下、二位の位置にあるのは——
《リョウタ・カスガ》
「な、なんだよ、これ……なんで俺が二位なんだよ……! あんなに稼いだのに」
リョウタが唇を震わせながら呟いた。
「それは当然です。総合ランキングの集計は、今月中の全討伐経験値の合計ですから。アヤトさんはミノタウロスの討伐記録が登録されていますし、今回のゴブリンロードの討伐も加味されて、逆転でリョウタさんのランキングを上回ったんです」
後ろから声をかけてきたのは、ミランダだった。にこやかに微笑みながら、驚くリョウタを見据えている。
「ちなみに、アヤトさんはミノタウロスの討伐によって単独討伐ランキングでも1位をとっていますよ」
「……う、嘘だ……Fランクのあいつが俺より……!?」
信じられないといった表情のリョウタの顔が次第に怒りにぬりつぶされていく。
「ふざけるなっ!」
その大声で周囲は一瞬、しん、と静まりかえった。
「あいつがそんな事できるはずがない。何か不正したに決まってる。こんなこと、あり得ないだろ!」
リョウタが怒りをあらわにしてこちらに歩み寄ってくる。そして俺の胸ぐらを掴んだ。怒気を孕んだ視線をぶつけてくる。だが、俺はリョウタから目をそらさなかった。一触即発の雰囲気に緊張が高まる。
「お前、何か細工したんだろ!? そのへんの雑魚だけ狩って、誰かの討伐記録を横取りしたんじゃないのか!? それか、ギルドの記録を改ざんするスキル……そうだ、そういうのがあるに決まってる!」
完全に取り乱していた。周囲の誰もがポカンとするような支離滅裂な言い分を、勢いだけでまくし立てている。自分が負けた現実を認めたくないだけなのは、誰の目にも明らかだった。
「そんな事するはずないだろ。俺は自分の力で魔物を倒したんだ」
「その通りです。アヤトさんが魔物を倒したところは多くの人が目撃しています」
ミランダが割って入る。
「それに、経験値の不正は不可能です。魔物から得られた経験値は直接刻印を通して集計されます。個人のスキルが入る余地はありませんよ」
「そんなバカな……俺がこの1ヶ月どれだけ魔物を倒したと思って――」
「お前のその行為こそ不正じゃないのか」
後ろからライナーが来る。
「勇者だからって、狩り場を独占して他の者が入れないようにしていただろう。せっせと低ランクの魔物ばかりを討伐して、こすい経験値の稼ぎ方しやがって。本来は均等に受けられるはずの定期クエストが受けられなくなってみんな困ってたんだ」
ライナーの言葉に賛同するように「そうだ、そうだ」と同調する声が上がる。
「その手、離せよ」
俺の言葉にリョウタの顔が引きつり、今にも手を上げそうな勢いだ。だが、周囲からの冷ややかな視線に耐えきれず、掴んでいた手を離した。
「ダンジョン攻略では、必ず俺が先にクリアしてやる。必ずこの借りは返すからな、覚えとけよ」
そう言い残してリョウタはギルドをあとにした。
借りもなにもないんだけどな。だが、これであいつに火をつけてしまったのは、間違いない。急がないとな。
総合ランキング1位は嬉しいところだが、冒険者ランクが上がらなければダンジョン攻略が始められないもの事実だ。
「それは、心配におよびませんよ」
ミランダが穏やかに微笑む。
「アヤトさんは、今回のゴブリンロード討伐で本来ならFからEへの1ランク昇格となるところですが——」
そこで一拍、間を置いてから、彼女は続けた。
「総合ランキングと単独討伐ランキングの両方で1位を獲得されたことを受けて、今回は特例としてもう1ランク、昇格が認められました。よって、冒険者ランクはFからDランクに昇格、合わせて今回のランキング報酬として、支度金が銀貨300枚も支給されます!」
「銀貨三百枚……って、多いのか?」
俺がぽつりと呟くと、横からライナーが笑いながら言った。
「そりゃあお前さん、十分すぎる額さ。街で普通に暮らすなら半年は遊んで暮らせるレベルだな。装備を一式そろえるくらいは余裕でできるぞ」
「す、すごい……!」
フィーナが目を丸くする。
「アヤトさん、やりましたね! おめでとうございます!」
フィーナが俺の両手を取って、自分の事のように喜んでくれる。ぴょんぴょん跳ねているのが可愛かった。
「って、ことで晴れてDランク冒険者ってことか。あっという間においつかれちまったな」
ライナーが肩をたたく。周りの冒険者からも拍手が起こる。「リョウタなんかに負けるなよ!」、「応援してるぜ」、知らない人からこんなに応援されるのは、なんだか悪くない気がした。
「あの時は、どうもありがとう。まさかミノタウロスを倒していたなんてな。失礼な事言って悪かったな」
ゴブリン討伐で一緒だったメンバー達も周りに来てくれた。
こりゃ、絶対負けるわけにはいかないな。改めてダンジョン攻略の決意が湧いた。
拍手の中で、フィーナと目が合った。
「がんばろうな、フィーナ」
「はいっ!」
胸の奥が熱くなる。これまでの努力は、無駄じゃなかった。
そして、次こそ——
本当の勝負が始まる。
「面白かった!」
「続きが気になる!」
「この先どうなるの!?」
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