第23話 東の森、戦闘開始
馬車に揺られながら、俺たちは東の森へと向かっていた。今回の討伐任務の目的地——ゴブリンが出現したという森の中だ。
俺たちの他にも三つほどのパーティが同行している。見た感じ、どのパーティも若く、年齢層はバラバラだが、最年長はどう見ても俺たちのライナーだった。
「なあ、ライナー。ゴブリンって、この辺りじゃそんなに頻繁に出るもんなのか?」
「いや、そうでもねえよ。もともとこの辺は魔物の発生自体が少ない地域でな。人里にまで出てくるなんてのは、珍しい部類だ。……緊急クエストになるくらいだから、そりゃあ、それなりの数が確認されてんだろうな」
「そうか……」
俺はふと、村に現れたミノタウロスのことを思い出していた。あれも本来ならあり得ないはずの事態だった。最近になって新たなダンジョンが現れたり、何かが起きている。魔王の復活に向けた予兆か——そんな考えが頭をよぎる。
「どうした、アヤト。顔が硬いぞ。……初の実戦で緊張してんのか?」
「いや、そういうんじゃない。ただ――いや、別にいい」
「まあ、最初はみんな緊張するもんだ。勇者だって人の子なんだしな。けど安心しな。ゴブリンなんざ最下級の魔物だ。俺がついてる。多少無茶しても、死にはしねぇさ」
そう言ってライナーは豪快に笑う。……まあ、頼りにしてるよ、ベテランさん。
「そういやアヤト、お前……武器は? ぱっと見、何も持ってないようだが?」
「持ってないよ。武器も魔法も適性ないからさ。俺は拳一本でいくつもりだ」
「素手!? お、おいおい……マジでか? にしたって普通は何かグラブとか何か用意するもんだけどな。勇者ってやつは……ほんと変わり種だな」
「たぶん大丈夫。割といろんなもん殴ってきたし、自分の拳で自爆とかはしてないから」
俺が拳を軽く振ると、ライナーは頭をかかえて笑った。
「面白ぇな、お前。だがまあ、油断はするなよ。拳でやるなら、それこそ技量がモノを言う世界だぜ」
「心得てるよ」
「お嬢ちゃんの方は……たしか、治癒士だったな?」
「はい。回復と強化魔法がメインです。攻撃魔法はまだ練習中ですが……」
「十分すぎるさ。パーティで回復役がいるかどうかは生死を分ける。状況の見極め頼んだぞ」
「はいっ、がんばります!」
フィーナの返事に、ライナーも満足げにうなずく。
「ま、今回はアヤトを見張ってればいいだけだから、気楽にいこうや」
「……なんか今、微妙に失礼なこと言ったよな?」
「冗談だ、冗談。ほら、もうすぐ目的地だ」
馬車が止まる。森の入り口が見えてきた。自然と会話も減り、車内には緊張感が漂い始める。
「目撃情報によれば、森を十分ほど進んだ場所、木こりの家の近くにゴブリンの集団が現れたとのことです。目撃された数はおよそ十体前後。数に変動の可能性はあります」
同行していたギルド職員が全体に説明を行う。
このような複数パーティ合同のクエストでは、ギルドから発行された専用リンクが用いられるらしい。経験値などは共有されないが、各パーティメンバーの位置情報やHP/MPの残量を簡易的に把握できる。緊急時の連携手段として、最低限の繋がりは確保されているわけだ。
「じゃ、行くぞ」
ライナーが軽い口調で先導する。森に入る直前、ふと隣から小さな声が聞こえた。
「私……ちゃんと回復できるかな。少し、緊張してきました」
不安げな表情のフィーナ。だが、その目にはしっかりとした覚悟も宿っていた。
「大丈夫。俺が前に出る。無理だけはするなよ」
そんな言葉を交わして、俺たちは森へと踏み込んだ。
深い森の中をしばらく進むと、やがて視界が開けた。草木の合間から、朽ちかけた木こりの小屋が見えてきた。
——その周囲に、数匹の小柄な影。
「あれが、ゴブリンか……」
人間の子どもほどの背丈。手には錆びた刃物や棍棒を持ち、黄色く濁った目を光らせている。小屋の周囲を巡回するように動いていて、ただの野生ではない規則性を感じる。
武器にだけ気をつければなんとかなるか?
その考えを見透かすようにライナーが口を開いた。
「気を抜くなよ。最下級ってのはあくまで“分類上”の話だ。油断すりゃ、普通に死ぬぞ」
「……マジでか」
「群れで動くし、見ての通り刃物も持ってる。多少の知恵もあるしな。初心者の事故死ってのは、大体この手のゴブリンが相手って相場が決まってんのさ」
口調は軽いが、目だけは笑っていなかった。
構えを取って、そっと息を整える。俺のメインの攻撃手段は正拳突きだ。威力はあるが、一撃に全力を込める分、溜めが必要になるし、次の動作への繋ぎが遅れる。
シェスタ戦の時のように動きが早い相手には向かないし、出来れば初動の早い技が欲しいところだ。
《迅脚》と《連牙拳》。
スキル欄にうっすらと浮かんでいる未習得スキル。どちらも《正拳突き》の熟練度を上げることで開放される。
この実戦で——一つでも習得できれば、俺の戦い方は大きく変わるはずだ。
「お前たち、準備はいいか?」
ライナーの言葉に、俺とフィーナは無言でうなずいた。
一瞬、空気が凍りついたような静寂。——次の瞬間、俺たちは草陰から飛び出していた。
——戦闘開始だ。
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