第21話 再会、そして宣戦
黒曜石のような光沢を放つオベリスク。その前に立った瞬間、俺の視界に、ひとつのウィンドウが立ち上がった。いつも自分のステータスを確認しているそれとは違う、ランキング表示用のインターフェースらしい。
魔物の討伐数、累積経験値、貢献度——細かくカテゴライズされた各項目が、上位から順に並んでいる。
「へえ……これがランキングか」
街のギルド支部別・月間討伐ランキングがずらりと並ぶ。月間ランキングは総獲得経験値による集計のようだった。経験値なんて俺には全くの無縁の数値だ。
その中でひとつ異質な表示を見つける。討伐ランキングの2位に《???》と表示された名前があった。名前が表示されていないのはそこだけだ。不明なのにランキングされるもんなのか。
「最近、急に食い込んできたんですよ。記録だけは提出されてるんで、ギルド側で仮登録されてるんですけど……たぶん、どこかの勇者じゃないかって噂ですね」
なるほどな、勇者であれば最初から刻印があるから、ギルドに来なくても情報だけは連携されるってわけか。誰かわからないが、この街の近くに勇者がいるのか。
そのまま目線を下げると、???の一つ下に見知った名前を見つけた。
《3位:リョウタ・カスガ》
「アヤトさん、どうかしました?」
フィーナが不思議そうに顔をのぞき込んでくる。俺の雰囲気が変わったのを感じ取ったのだろう。
「いや、別に……」
そう言いながらも、胸の奥にわずかな熱が灯る。リョウタ……あいつも、この街にいるのか。思ってたより早く再会することになりそうだな。
「おー、あれれ? そこの後ろ姿……まさか?」
うしろから聞き覚えのある声がした。本当に、早い再会だった。
「村人Aのアヤトじゃね? おー、やっぱそうだ。生きてたんだ? そりゃーよかったな」
無遠慮で軽薄なその声。振り返ると、案の定、あいつがいた。
その声に、近くにいた冒険者たちが顔をしかめた。 「また、あの勇者か……」誰かが小さくそう呟いたのが聞こえた気がした。
リョウタはすっかり冒険者らしい装備に身を包み、その後ろには男女数名の仲間らしき面々が控えている。どいつもこいつも、俺とフィーナを値踏みするような目つきだ。
同族は群れる、ってか……相変わらずだな。
「久しぶりだな」
俺は敵意を隠さずに言った。フィーナが隣で緊張する気配を見せる。
「なんだ、お前もいっちょ前に冒険者登録か? 無駄無駄、オールFの落ちこぼれ勇者には冒険者は務まらねーよ」
わざと周囲に聞こえるような声量で言い放つ。案の定、周囲の冒険者たちがざわつき始める。
「オールF……?」 「勇者って言ってたけど、あいつは大した事ないのか?」 「リョウタの仲間かよ……また面倒なのが来たな」
ま、予想通りの反応だな。
「務まらないかどうかは、やってみなきゃわかんないだろ。……放っておいてくれ」
「は? お前みたいな勇者がヘマやったら、俺たちまで同類に見られるんだよ。迷惑なんだわ」
そう言いながら、リョウタはオベリスクを指さす。
「見てみろよ、俺はもうDランクに上がってるんだぜ? 討伐ランキングでも上位に食い込んでるしな。今攻略してるダンジョンを踏破すりゃ、Cランクも見えてくるってわけよ」
……そのダンジョン、多分、俺たちが行こうとしてるやつだ。
「で、そっちの子は何? いっちょ前にパーティ組んでるつもりか? 君、カワイイね。悪いこと言わないからさ、そんな雑魚勇者なんかより俺と組もうぜ。俺は剣の適性Bなんだぜ? 将来有望なのは俺だろ? そいつは何の取り柄も——」
「あなたに、アヤトさんの何がわかるっていうんですか!」
静かな空気を割るように、フィーナの声が響いた。
「アヤトさんは、村を襲った魔物から、私たちを命がけで守ってくれたんです。……強いとか弱いとか、そんな言葉だけじゃ足りないくらい、立派な人です!」
怒りに震えるその声に、俺は一瞬、目を見張った。村ではいつも控えめで、大人しい印象だった彼女が……こんなふうに声を荒げるなんて、初めて見た。
胸の奥が、じんと熱くなる。誰が何を言おうと——フィーナが俺を信じてくれる。それだけで、十分だった。
「フィーナ。もういい。こいつに何を言っても、無駄だ」
俺はリョウタの隣を通り過ぎる。その瞬間、奴が舌打ちするのが聞こえた。
「けっ、つまんねーな。お前なんか、さっさとくたばってればよかったのによ。ま、せいぜい俺たち勇者に迷惑かけないようにしとけよ、“雑魚”」
……舌の根も乾かぬうちにそれかよ。ギリ、と奥歯を噛む。
スルーしようと思ったが、やっぱりやめだ。
俺はゆっくりと振り返り、奴を正面から睨み据える。
「リョウタ。お前、ダンジョン攻略するって言ってたよな」
「は? それがどうしたよ」
俺は静かに、けれどはっきりと告げる。
「なら、俺が先に踏破してやる。そのダンジョン、お前より先に攻略して、証明してみせてやるさ。俺が、ここにいる意味をな」
リョウタは呆れたように鼻を鳴らした。
「へぇ……そこまで言うならやってみろよ。あとで、ごめんなさい、出来ませんでしたって泣いて謝っても許してやらないからな」
そのまま、俺は踵を返して歩き出す。フィーナが慌てて後ろを追いかけてくるのがわかった。
心臓が、高鳴っていた。
今の一言で、もう退けなくなった。けど、それでいい。
あとは前に進むだけだ。
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