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第20話 冒険者登録

 街の門をくぐった瞬間、どこか張りつめていた空気が、ふっと和らいだ気がした。道行く人々の活気。市場の呼び声。背後から聞こえてくる馬車の音。

 ……ああ、街って、こんなにも賑やかなもんだったっけ。村とは人の多さも活気も段違いだ。


「我々は、ここで一旦お別れです」


 街に入って間もなく、シェスタが俺たちの前に立ち、そう告げた。ユリエルも、旅の疲れが色濃く残る表情で、俺たちをちらと見るだけだった。

 気まずそうに、けれど一応の礼は口にする。少しは反省してくれているようだが……。


「……助けられた恩、忘れはしない。王都で会うことがあれば、その時は……」


 言葉を濁した彼に代わり、シェスタが小さな木箱を差し出してきた。


「これは……?」

「王族の紋章付き通行証です。せめてものお礼です。今後、何かの役に立つこともあるでしょう」


 封蝋には、確かにあの馬車の外装にもあった双頭獅子の紋章。ただの紙切れに見えて、これ一枚で衛兵の対応も変わるのだろう。


「ありがたく、預からせてもらうよ」


 深く礼をして、彼らとは別れた。

 ……再会するときがあるとすれば、それがどんな場面になるかは、まだわからないけれど。



***



「はい、こちらが《西環の宿亭》になります」


 商人のヤールに紹介された宿は、木造の中規模な旅籠だった。外観は素朴だが、手入れは行き届いていて、宿の女将さんも愛想が良い。


 当面の旅の資金は村の人達の出資で賄う事になる。ヤールが口をきいてくれたおかげで宿代は安く済ます事が出来た。まだまだ、みんなに助けられっぱなしだ。


「何か困ったことがあれば、いつでも声をかけてくださいね。私の店はこの通りをまっすぐ行った突き当りにございますので」


 ヤールは宿を後にする前に、もう一度だけ俺の肩を叩いて笑った。


「ダンジョンで手に入れた品は、うちに持ち込んでくれれば買い取らせてもらいますよ。冒険者さん」


 冗談めかしてそう言い、手を振って立ち去る背中がどこか頼もしかった。早い所自分で稼げるようにならないとな。


「それじゃ、行きましょうか」


 フィーナの声に小さく頷いて、俺は一歩踏み出す。初めてのギルド登録。ちょっとだけ、胸の奥がざわついていた。



***



 石畳の道を進むうち、視界の奥にどっしりと構えた建物が見えてきた。ヤールが言っていた冒険者ギルドだ。街の中心から少し外れた立地にしては、やけに立派に見える。


 石造りの門構えに、大きな盾を模した紋章。扉を開けると、木製の床と広いロビーが広がっていて、中には剣や鎧を身に着けた“いかにも”な冒険者たちが数人、依頼板を見ていた。その依頼板には、まるで掲示物のように紙がびっしりと貼られている。


「すごいな。貼ってあるこれ、全部依頼みたいだな。迷子のペット探しから、魔物の討伐依頼、アイテムの収集なんかも貼ってあるな」

「そうみたいですね。あ、アヤトさん、受付はあっちみたいですよ」


 フィーナに連れられてカウンターへ向かうと、20代くらいの女性職員がにこやかに出迎えてくれた。


「冒険者登録ですね。では、こちらの用紙にご記入をお願いします」


 手渡された紙には、名前・年齢・出身地などの欄があった。

 

 出身地……?


 俺は少し迷ってから、フィーナと同じ村の名前を書き込んだ。あの場所が、今の俺の“はじまり”だったのだから。詐称ではないよな? 書き終えると、次はギルドのシステムについての説明が始まる。


「登録時のランクは皆最初はFになります。基本的には、依頼をこなしていくことで昇格していく形です」


 説明がかかれた書類を指さしながら、丁寧に説明してくれる。


「依頼にはランク制限があります。原則として、現在の1ランク上までの依頼が受けられます。上のランクの方とパーティを組んでいる場合、本人のランクの2つ上まで受注可能です」


 パーティか。俺がフィーナとダンジョンを攻略するなら、一緒に組むことになるんだよな。イマイチ連携するイメージがわかないが。


 一通りの説明が終わり、俺は気になっていた事を聞いたみた。


「最近、この辺りでDランクのダンジョンが発生したって聞いたんだけど……」

「はい。街から少し離れた場所に、新たに発見されたダンジョンがあります。現在は調査依頼がギルドに出ている状態ですね。まだ、未知の部分も多いので注目度は高いです」


 職員の女性が、すっと手元のファイルを開いて確認する。


「アヤトさんがダンジョン攻略を希望される場合、まずはEランクに昇格していただくか、先輩の冒険者の方とパーティを組む必要がありますね」

「……やっぱり、そうか」


 当然の話ではある。Fランクの新人が、いきなりダンジョンに挑むなんて、無謀の一言だ。他の人と組むのも面倒だし、まずは地道にランクを上げて行こう。


 続いて行われたのは、“刻印登録”と呼ばれる手続きだった。冒険者の刻印は、依頼の受注や討伐記録、経験値の集計などに用いられるシステムで、冒険者ごとにひとつずつ刻まれるらしい。この刻印と冒険者証がセットになるという仕組みだ。

 俺は勇者としての刻印があるが、こういうのは“別扱い”だと思っていた。


「では、こちらに手を。登録装置に反応させるだけで済みますので」


 職員の女性に言われるまま、俺は左手を差し出した。

 次の瞬間だった。


 ——バチンッ!


 光が、弾けた。


「っ……!」

「!? ……これは……!」


 装置の上で、俺の刻印がまばゆいほどに輝いていた。ギルドの職員が思わず一歩後ずさるほどの強烈な反応。やがて刻まれたはずの刻印がゆっくり消えていってしまう。


 周囲の視線が、いっせいにこちらへ集まる。


「なんだ、今のは?」

「もしかしたら、あの少年も……?」


 ざわざわとした声が不安をあおる。俺なんかしたか……?


「……もしかして、アヤトさんって勇者様、ですか?」


 声をひそめた職員に、俺は苦笑しながらうなずいた。勇者の刻印が刻まれた右腕を見せる。


「まあ、そうだけど。……登録って、これ、勇者の刻印あるとまずかった……?」

「はい、もともと冒険者の刻印は、勇者様のそれを模して設計されています。つまり……登録は不要だったということになりますね。失礼いたしました」


 手早く作業を切り上げながら、彼女はふと小さく呟いた。


「——競合って、あんな反応だったかな……」


 俺は聞き逃さなかった。競合……? つまり、他にも同じような事をしたやつがいるってことか? それとも、俺だけ反応が違った……?


「勇者様の登録はその刻印で行うので安心して下さいね」


 妙な引っかかりを覚えながらも、俺は何も言わず、手渡された登録証を受け取った。


「ありがとうございます。あの、それとちょっと事情があって、あんまりこのことは周りに言わないで貰えますか?」


 俺がここに居ると知れたら、もしかしたら王宮に居たやつらがわざわざ何か手を下しにくるかもしれない。厄介毎は少ない方がいい。今はまだ……。


「……もちろんです。個人情報は、ギルドの守秘義務に基づいて管理されます。こう見えて私口が堅いんですよ」


 俺の登録が終わると次はフィーナの番だ。もちろんフィーナは勇者ではないので、刻印の付与から始まる。そして、勇者の時と同じように、刻印の付与のあとは適正の診断が行われた。その結果は、俺の記憶にある“オールF”とはまるで違っていた。


「ジョブ:治癒士、武器適性:D、魔法適性:A、生産適性:Eです」

「っ……すごい、魔法適性Aは久々に見ました。もしかして、ご出身は魔導家系ですか……?」


 Aってマジか。確かカズマとミワを除けばAランクはあと2,3人しかいなかったはずだ。一般人のフィーナの潜在能力は勇者に匹敵するってことか。


「家系かどうかはわからないですが……両親も魔法を使えました。私自身はまだまだですけど」


 フィーナが照れたように答えると、職員は柔らかく笑って言った。


「魔法適性A以上の方は、そういった家系の方が多いんです。将来が楽しみですね」


 魔導家系……なるほどな。それも才能か。俺がこの世界に来たとき、適性欄に並んでいた“F”の羅列。あの時の、底なしの無力感が、ふと胸をよぎる。

 でも今は、それを比べて落ち込んだりはしない。俺は俺のやり方で、ちゃんと前に進んできた。だからこそ——


「最後に、ランキングについての説明です」


 職員の声に、俺は顔を上げた。


「ギルドの支部がある街には、それぞれ《オベリスク》と呼ばれる情報端末が設置されています。討伐数、経験値、貢献度などの情報が、登録された刻印を通じて自動的に集計され、ランキングとして表示される仕組みです」


 歩きながら受付の女性は説明を続ける。


「ランキング上位になればギルドから報酬が出たり、特別な依頼が斡旋されるようにもなります。ダンジョン掃討などの大きな計画が立てられた際もこのランキングで報酬が変わってきます」


 そう言って案内されたのは、ロビーの奥にある、黒曜石のような光沢を放つ“柱”だった。そこに刻まれた名前と数字の羅列を、俺は無意識に目で追う。


 そして、ある名前に目が留まった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

現在は毎日更新しています。


よければブクマや評価、感想などで応援いただけると励みになります。

今後の展開もぜひお楽しみに!

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