第19話 拳を引いた勝利
俺が突き下ろした拳は、彼女の顔面ではなく、泥にまみれた地面に深く突き刺さっていた。
「やっぱり、女性の顔を殴るなんて、男のやることじゃないよな」
拳を泥から引き抜きながら、そう呟くと、シェスタはじっと俺を見つめていた。泥が飛び散り、髪にも服にも汚れが残るその姿で、彼女は静かに目を閉じる。
「私の負けです」
その言葉に、周囲が一瞬、息を呑んだ。
「おい、ふざけるなよ、シェスタ! お前、何やってんだよ! そんなことが許されると思ってるのか!?」
決闘を見ていたユリエル皇子が声を荒げる。怒りに任せた叫びが響いた、その瞬間。
「うるせぇ!」
俺は思わず怒鳴り返していた。
「決闘をしたのは俺たちだ。お前が口を出す話じゃないだろうが」
馬車の上で腕を組んでいたユリエルの表情が、怒りから驚愕へと変わる。
一方で、フィーナが俺のもとに駆け寄ってくる。泥だらけの俺に構わず、俺の体を支えるようにして膝をつく。ふくよかな胸が腕にあたって、痛みも忘れそうになるが――
「……いてて……いや、そうでもないか」
「待っててください。回復しますから。ヒール」
フィーナの癒しの光が全身を包み、徐々に痛みが引いていく。ヤールも腰を上げて、心配そうに俺を見る。
「いやはや、一時はどうなることかと……でも、お見事でしたな」
顔にはどっと疲労が浮かんでいるのがわかる。だいぶ、ひやひやさせてしまったのかもしれない。
「それじゃ、馬は貰っていくからな」
俺とヤールは、ユリエルたちの馬をこちらの馬車に繋ぐ作業を始める。これでようやく、動かせるようになる。しばらくはマラソンは中断で馬車の上で休ませてもらおう。
作業の間も、ユリエルはシェスタに罵声を浴びせ続けていた。シェスタは顔色ひとつ変えずに聞いていたが、見ているこっちが不愉快になるレベルだった。
いい加減イライラしてきた。
「アヤトさん……」
フィーナの声を背に、俺はユリエルの前まで歩いていく。
「なんだお前……偶然勝ったからって調子に――」
そう言いかけたその時、俺は振り上げた手で、ユリエルの頬を思い切り平手で叩いていた。乾いた音が静寂の中に響いた。風がぴたりと止んだような感覚。
次の瞬間、周囲の視線が一斉に俺に集まる。
「っ……!」
ユリエルも、殴られた痛みよりも、その“行為”そのものに呆然としていた。
「文句があるんならな、自分で決闘しろよ。できねぇなら黙ってろ」
ヤールが無言で眉をひそめ、フィーナの息が止まったように感じた。誰もが、まさか王子に手を出すとは――そう言いたげな顔をしていた。
けれど、だからなんだってんだ。正しいことを言ったつもりだし、後悔はしていない。
ユリエルの目が揺れる。悔しさだけではない、何か戸惑いのような感情が滲んで――やがて、瞳に涙が浮かんだ。
「……殿下、お怪我は……」
従者のひとりが一歩前に出て、静かに王子をかばうように立ちはだかる。
「どうか無礼をお許しください。……王子は、母君のご病が重く、一刻も早く王都に戻る必要があり、気が立っておられたのです」
「……」
「焦りのあまり、粗暴な振る舞いとなってしまったこと、重ねてお詫び申し上げます」
その言葉に、俺は肩の力を抜いて頭をかいた。あれだけ急いでいたのはそのためか……。だからってぶつかってきた事を許すことは出来ない。けど、母親のことを想ってる子供を置いていく気にもならないよな。
「だったら、最初からそう言えばよかったんだよ。余計な争いしなくて済んだのにな」
馬車の繋ぎを終えると、俺は手を払いながら言った。
「乗れよ。馬が二頭になったんだ。四人増えても、何とかなるだろ?」
「そりゃまあ……ええ、なんとかなりますな」
「はい! みんなで行きましょう!」
フィーナが笑顔で応じたことで、重苦しかった空気が一気に和らぐ。
シェスタがすれ違いざま、
「……あなたのような方がいてくれて、助かりました」
そう一言だけ残し、馬車へ乗り込んでいった。
こうして、ややこしい一幕を乗り越え、俺たちは七人になった馬車で、街への道をゆっくりと進み始めた。
初めての旅は、どうやら簡単にはいかないらしい――。
―――
≪ステータス表示≫
名前:ハヤツジ アヤト
ジョブ:――
称号:女騎士を屈した者
レベル:1
【能力値】
HP:121/385(+35)
MP:350/380(+40)
筋力:69(+18)
耐久:76(+7)
敏捷:36(+6)
知力:26(+11)
精神:76(+8)
器用:35(+5)
【スキル】
◆《鍛錬S》(ユニーク)
◆《逆境》《ガッツ(パッシブ)》《勝負勘》
◆《正拳突き》
熟練度1:31%
◆《迅脚》
状態:未習得(進行度50%)
適性カテゴリ:脚攻撃
発現条件:正拳突き 熟練度2
該当カテゴリの継続行動
◆《連牙拳》
状態:未習得(進行度0%)
適性カテゴリ:素手攻撃
発現条件:正拳突き 熟練度2
???
◆《瞑想》
状態:未習得(進行度55%)
適性カテゴリ:精神集中
発現条件:該当カテゴリの継続行動
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