第18話 泥と拳の逆転劇
一対一の決闘が始まる。
正直、受けたのは勝てる自信があったからだ。相手は皇子の護衛を務める騎士。腕は立つだろうが、俺は村一番の力自慢――マルロにも勝った。女性に負けるわけがない、なんて、どこかで高を括っていた。
……その腰に剣がなければ、の話だったけど。
「って、マジかよ……決闘って、剣使うのか……? 俺、素手だぞ……」
焦りで脇汗がにじむ。
「武器はお持ちでないのですか?」
女騎士が静かに問いかけてきた。あたりに張り詰めた緊張が走る。まるで戦場にたつかのような雰囲気にヤールとフィーナも表情を硬くしている。
待て、武器で戦うって本気で殺し合いなのか? そもそも武器使えないんだけど。
「いや、あー……ただの旅の平民なんで、そういうのは……」
「であれば、私も武器は使いません」
そう言って、女騎士はあっさり腰の剣を外した。
助かった――本気でそう思った。ヤールとフィーナも同じだったようで、安堵の息が漏れていた。
「勝負は、どちらかが気絶するか、降参することで決着としましょう」
「……ああ、それでいい」
向かい合って立つ。武器を捨てた今も、彼女の気配は凄まじい。ミノタウロスとは違う。あれが“野獣”なら、こいつは“刃”。
俺は思わず唾を飲み込んだ。心臓の鼓動がやけにうるさい。思えばまともな戦闘経験などしたことがない。どこをどう攻めればいいのか、急に不安になってきた。とりあえず、最初は間合いをとって様子見だ。
「始め!」
立会人のメイドが声を張った、その瞬間――女騎士の姿が揺れた。間合いを一気に詰めてきた。咄嗟に手を伸ばすが、次の瞬間、視界が回転し、背中から地面に叩きつけられた。
「ぐはっ……!」
息が抜ける。追撃。拳が降る。顔面に響く衝撃。
「全然話にならないな。まぁ、一般人がシェスタに敵うわけないか」
ユリエルの声が、遠くから響いてくる。
「シェスタ……まさか、女性近衛騎士団の団長の?」
ヤールの言葉が信じられなかった。団長? ふざけるな、それ聞いてたら受けてねえぞ。
「早く負けを認めた方が賢明ですよ」
「何言ってんだ……まだこれからだろ……」
拳を握る。俺の数少ない攻撃手段――《正拳突き》に賭けるしかない。
スキルを発動。狙いは一点、真正面から突っ込む。
「はぁあああっ!」
踏み込み、渾身の力で拳を突き出す――その瞬間。シェスタの体がふわりと揺れた。目の前から、いなくなった。
次の瞬間、脇腹に重い衝撃。苦悶が走る前に、顎を跳ね上げられるような一撃。
「っ……!」
視界がグラつく。世界がぐにゃりと歪んで、足元がもつれる。やみくもに打ち出した反撃はかすりもしなかった。
シェスタは攻撃の手を止めず、鋭い攻撃が腹、顎、へと続けざまに打ち込まれ、膝をつく。
「アヤトさん……!」
「旦那、無理はしないでください!」
フィーナとヤールの声が飛ぶ。だが、俺は立ち上がる。
「よく耐えますね」
「タフネスだけは自信あるんだ」
今の俺のステータスで一番高いのは耐久力だ。そんな簡単にやられてたまるかよ。
だが現実は一方的だった。途中で発動した逆境スキルも時間切れが近づく。攻撃が当たらないどころか、こちらから触れることすらできない。
這いつくばる俺に、ユリエルが飽きたように言い捨てる。
「もう飽きた。泥まみれの平民がもがく姿なんて、見てて不愉快だ。 シェスタ、さっさと終わらせろ。これ以上、目障りな真似はよせ」
……これが戦いってやつか。ただ鍛えてるだけじゃ、到底届かない相手がいるんだな。だが、諦める気にはなれなかった。無能と捨てられたあの日から、這い上がると決めたんだ。こんな理不尽なやつらには死んでも負けを認めたくはない。
「もう……見ていられません」
「そうですよ、旦那。馬車の事はいいですから、負けを認めてください」
フィーナは顔を伏せ、唇を噛みしめていた。目には涙が滲んでいた。ヤールは帽子を握りしめていた。悔しそうな顔だった。
この二人に、情けないところなんて見せたくなかった。だから、せめて、最後まであがいてやるさ。
シェスタが1歩ずつ近づいてくる。
もう残りHPも少ない。次の一撃で俺は完全に伸びてしまうだろう。これが、最後……。俺は拳を強く握りしめた。
シェスタが俺の体を引き起こそうと手を伸ばしてくる。
今だ――俺は渾身の力で拳を繰り出した。当たり前のようにシェスタはそれをかわす。だが、狙いは最初からシェスタじゃない。全力で付きだした拳をそのまま地面に打ち込む。拳は地面を抉り泥水が弾けるように跳ね上がった。
二人の間に泥の壁が立ち上がる。その一瞬の隙を突いて突撃する。
泥まみれの俺の姿はそっちからは見えないよな!泥の隙間から覗く彼女の表情がほんの一瞬だけ揺らいだ。
「くっ……」
初めて俺の手が彼女の体に届いた。腕を掴んでそのまま押し込む。だが体幹が強くて押し倒すまではいかない。逆境の効果が切れた今の俺では力不足かよ。
シェスタはすぐさま俺の顔めがけてハイキックを繰り出してきた。その瞬間、彼女の軸足がわずかにすべり、力が逃げるのを感じた。勝負勘のスキルがここがチャンスだと教えてくれる。
今だ!
全体重をかけてシェスタに体ごとぶつかり、なだれ込むように地面に押し倒した。
そして、馬乗りの体勢になった俺は渾身の力で拳を振り下ろした。
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