第17話 理不尽との対面
見覚えのある黒塗りの馬車が、道の端に止まっていた。金色の装飾が施され、過剰なほど磨かれた車輪は、まるで見せびらかすためだけに存在しているようにすら見える。
あのとき――俺たちを弾き飛ばした、あの貴族の馬車だ。
重々しい音を立てて、扉が開いた。
先に姿を見せたのは、軽装の武具をまとった女性だった。腰には細身の剣。凛とした眼差しが、まっすぐこちらを射抜いてくる。
陽の光を受けてさらりと揺れる金髪に、どこか冷たさを帯びた淡い緑の瞳。その整った顔立ちには、気品と厳しさが同居していた。おそらくは護衛――だが、ただの剣士とは思えない空気を纏っている。
俺たちは自然と足を止め、身構えた。昨日の出来事がなければ、ただの旅人に見えたかもしれない。だが、今はそうもいかない。
「すまないが、話を聞いていただきたい」
落ち着いた声だったが、その言葉の裏にある事情が気にかかる。俺たちは馬車を止め、様子を見ることにした。
扉の奥には、まだ幼い少年と、メイド服の女性が二人。どう見ても、ただの通りすがりではない。
「どうかされましたか?」
ヤールが前に出て声をかける。こういう場面は、やはり旅慣れた彼に任せるのが一番だ。
「私たちの馬車が壊れてしまい、進めなくなった。無礼を承知の上でお願いするが……その馬車に同乗させていただきたい」
後方を覗くと、後輪が完全にひしゃげていた。あれは……
「……あんたたちが、ぶつかってきたときの衝撃が原因じゃないのか?」
思わず言葉が出た。フィーナとヤールが慌てて俺の肩を引く。
「アヤトさん、相手は……貴族かもしれません。軽率な発言は……処刑の口実にされかねません」
そんな物騒な……と思っていたそのとき、奥から少年が下りてきた。歳はせいぜい小学生の高学年といったぐらいだ。
着飾った高級な衣装に身を包み、目つきだけはいっちょ前に俺を睨みつけてくる。
「殿下、中でお待ちくださいと……!」
「で、で、殿下であらせられましたか!?」
ヤールが地面に膝をつき、フィーナも慌てて頭を下げた。
「第六皇子、ユリエル殿下であられます」
……マジかよ。
まさか、あの馬車の中に王族がいたなんて。王族ってことはあの召喚の時にいた王の子供ってことか? ふつふつと言いようのない黒い感情が沸き上がってくる。
「お前たちのせいで馬車が壊れた。代わりにそちらの馬車を使わせろ。ふん、下民の乗り物など不快だが、歩くよりはマシだ。役に立てて光栄だろう」
あまりに見下した物言いに、喉元まで怒りがこみ上げてきた。だが、周囲は誰も何も言わない。ヤールでさえも、黙って頭を下げたままだ。
「もちろんでございます。このような粗末な馬車でよろしければ――」
「待て、話が違うだろ」
さすがに我慢できなかった。
「そっちがぶつかってきたんだろ。こっちは避けようとして、馬が怪我したんだ。馬車をよこせだと? ……どう考えても、そっちが馬を貸すのが筋じゃないか?」
「アヤトさん!? ダメですって、それ以上は……! 本当に捕まっちゃいますよ!」
フィーナが青ざめた表情で俺の袖を引く。だが、ここで黙っていたら腹の虫が収まらない。
「貴様……誰に向かって口をきいているのかわかっているのか!」
ユリエル皇子が怒鳴り声を上げた。
誰だろうとそんなの関係あるか。こっちの言ってる事は何も間違っちゃいない。
村の人たちが大事に育てた作物を積んだ馬車。それを守るために、俺は必死で走って、引いてきた。
それを、あたかも当然のように奪おうとするなんて――俺は、どうしても黙っていられなかった。
「こんな無礼者……死罪にしてやる!」
場の空気が一気に凍りつく。
ヤールが顔を引きつらせる横で、フィーナは凍りついたように動けずにいた。
皇子の隣にいた、女騎士が静かに一歩前へ出た。
「――殿下。ここでそのような処断を下せば、通行人や商人たちの間で噂が広まりましょう。庶民に対する“見せしめ”にしかなりません」
ユリエルがむっとした顔で睨み返す。
「……ここは、決闘という形で決着をつけるのはいかがでしょうか。正当な手順を踏んだ上で、結果として罰を与えられれば、誰も文句は言えません」
しばし沈黙のあと、ユリエルは鼻を鳴らす。
「……ふん、それでいい。勝ったほうが正しいということにしよう」
女騎士は俺の方に顔を向ける。
「貴殿が勝てば、こちらの馬を譲ろう。私が勝てば、馬車を明け渡してもらう。それで異論はないか?」
「……正直、納得はしてない。けど、こっちは道理を通したいだけだ」
俺はしばらく黙って、その瞳を見つめ返した。女騎士の瞳には、敵意も侮りもなかった。ただ、覚悟を問うようなまっすぐな視線。
彼女もわかっているんだろう。これは“処罰”ではなく、“選択”なんだと。その意味を受け止めて、俺は小さく息を吐いた。
「……いいだろう。受けて立つ」
こうして、理不尽な王子の命令に対し、俺と女騎士の決闘が始まることになった。
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