第12話 村の英雄
――眩しい光。
まぶたの裏に差し込むそれに、俺はゆっくりと目を開けた。
あー、今日は何曜日だっけ? 学校だりーなぁ。行くのめんどくさい……。まだもう少し寝ていたい……って、ん?
ぼんやりとした意識の中、藁の香りがただよってきて、いつもと違う事に気がつく。包帯の巻かれた腕。天井の梁が見える。
「……ここは……?」
呻くように漏れた声に、誰かが駆け寄る足音がした。
「起きた! アヤトが目を覚ましたぞ!」
そう叫んだのは村の少年だった。次いで扉が開き、数人の村人がなだれ込んでくる。
「よかった、本当に……」
「勇者様、ご無事ですか!」
「もう、目を覚まさないかと……」
興奮と安堵、そして信じられないという色が入り混じった表情で、皆が俺を囲む。
何があったんだっけ? ずきりと痛む頭で状況を整理しようとする。
そうだ。昨日の夜、村に魔物が現れて、俺は戦ったんだった。
だが、俺自身はまだ実感が湧かない。ミノタウロス――あの巨体を打ち倒したというのに、身体は痛むばかりで、勝利の手応えなど霧の中だった。
それでも――この手で、守った。あの村人の叫び、恐怖に震える視線、そして俺の拳が叩き込んだ感触。村人たちの安堵の顔を見て、だんだんと記憶が思い起こされた。
「あの、俺……」
ゆっくりと体を起こす。ぎしりと体が軋むように鈍い痛みが走るが、大きな問題はなさそうだった。最後に見た自分の体は血だらけで動くのもやっとだったはずだ。骨だって折れていてもおかしくなかったはずなのに……。
「ゆうしゃさまー!」
小さな女の子が俺の胴体にガバっと勢いよく抱きついてきた。つられて何人かの子供たちがベッドに周りによってくる。
ミノタウロスに腹を殴り飛ばされたはずなのに、今はそれほどの痛みはなかった。
わんわん、と泣きつく子供たちを見て、どうすればいいかわからなくて、俺は頬をかいた。こんなに心配されてると思わなかった。親にだってそんなに心配されたことないぞ。
俺はゆっくりと包帯の巻かれた手で少女の頭をなでた。親か……。
「これこれ、お前たち、勇者様が驚かれているではないか。体も万全ではないでしょうに。離れておあげないさい」
村人たちの間を割って、村長がやってきた。子どもたちはまだ心配そうに俺を見上げてくる。
「ゆうしゃさま、だいじょうぶなの? もうげんきになった?」
「あぁ、大丈夫だよ、心配してくれてありがとう」
「また、あそんでくれる?」
「もちろんさ」
少女はもう一度強く俺をぎゅっとすると、ゆっくり離れていった。布団が鼻水でぐじゃぐじゃだな。ま、いいけどね。
「勇者様、昨晩は村を救っていただきありがとうございました。村を代表してお礼を言わせてください」
村長が頭を下げると、村人達全員が両膝をついて深々と頭を下げてきた。
「いやいやいや、とんでもないです。あの、頭を上げてください。俺は、その、ただ……」
村の人達がゆっくりと顔をあげて俺を見上げてくる。たった、1ヶ月かそこらしか経っていない村での暮らしだが、そうは思えないぐらい皆のことを知っている気がした。
「ただ、みんなを守りたいって、そう思っただけなんです。俺に力があるかどうかはわからないけど、それでも何か出来るんならと思って……」
腕に刻まれた刻印を見つめる。適正オールFのレベル1の勇者にだって、確かに残されたものはあった。最初は怒りや憎しみ、どうにもならない悔しさもあった。
だが、今は俺の中に眠っているこの力と共に歩んでいく決意みたいなものができた気がする。どのみち俺にはこれでやるしかないんだしな。
「勇者様……」
みんながしんみりとした顔でこっちを見てくる。いや、そんなだいそれた事はなにもないんだけどね。ホント。
「あー、えっと。村が無事でよかったよかった! けっこう、いや、かなーりギリギリでひやひやさせちゃったかもしれないけど、こうやって倒せたのもみんなのおかげっていうか、やったー、みたいな」
あー、もう、だめだ。今の取り消ししたい。……黒歴史入り確定だわ。こう、なんか場を盛り上げる的な事は俺には向かないよ。そういう風に育ってきてないんだから。
「そうだな。勇者様のおかげで大した被害も出ずに村が無事だったんだ。もっと喜ばないとな! 本当にありがとうございます、勇者様!」
村の鍛冶屋のおじさんが空気を読んでくれたようだ。握手を求められたので、それに応じる。そういえば、いい加減勇者様呼びもやめてもらいたいところだな。名前はみんな知ってると思うんだけど。
「俺のことはアヤトでいいですよ。そんな勇者って柄でもないので」
「あー、いや、そうか? じゃあ、アヤト様で……」
「いや、様もなしで。呼び捨てでもいいんで……」
おじさんが村長の顔色を伺うように振り返る。村長は「勇者様がそういうのなら」と頷いてくれた。勇者様って言っちゃってるけどね。
「じゃあ、アヤト。改めて村を守ってくれてありがとう」
呼び捨てにされて、なんだか初めて村の一員に慣れた気がした。クラスメイトに呼ばれていた時は馴れ馴れしく呼ぶなとか思ってたんだけどな。
「そういえば、俺、さっきも言ったんだけど、めちゃくちゃ瀕死じゃなかったでした? なんか骨の2~3本ぐらい折れててもおかしくなかったというか。もう歩けなくなっちゃうレベルでやばかった気がするんですけど」
あの時は自分でも不思議なぐらい頭の中が煮えたぎって、根性みたいな感じで動いてた気がする。そういえばHP表示も1になってた気がするし。
今までは疲労で減った分のHPは寝れば大体回復していたが、怪我した分もそういう仕様なのか? 宿屋に泊まったら全回復的な。
「それについては、フィーナが回復魔法で治療を行ってくれました。村で唯一の回復魔法使いです」
大人たちの間から少女がぺこりと頭を下げた。年は俺と同じぐらいだろうか。飾り気のない格好だが、かなり可愛い気がする。スラッとした細身の体型だが出るところは出ている。
そういえば村の診療所で何回か見かけた気がするが会話を交わしたことはなかった。同年代の女子はなんとなくちょっと苦手意識がある。
それにしても回復魔法か。どんなのかは見てみたいものだな。魔法がある世界だというのは認識しているが、知っての通り、俺の魔法適正はFだからな。自分で使えるようにはなれなさそうだ。
「どうもありがとう。治してくれたみたいで」
「あっ、ううん……そんな、その、とんでもないです」
俺と同じぐらいきょどってるな。人付き合いはあんまり得意じゃないのかもしれない。
フィーナから視線をずらして村長に向き直る。
「村長さん、俺、今まで言ってなかったんですが、この世界のことあまり知らないんです。別の世界からやってきて、勇者システムのことは一通りわかるような気がするんですが、それ以外のことはわからなくって。回復魔法についてもそうだし、他のこの世界のことについて教えてもらえますか?」
今までは勇者様と持ち上げられて、変な事を言って失望させるのもまずいと思って、そういった事はあえて聞いてこなかった。村の人達も俺について深く言及してこなかったので、それに甘えてずっと過ごしてきた。
だが、これからはそうも言っていられない気がする。こうやって魔物が現れて、俺が勇者という存在であるならば、避けては通れない道だろう。
「そうですか。やはり勇者様はこの世界の住人ではないのですね。ワシも多くを知っているわけではないですが、知っている事はお話しましょう。ただ、今はお疲れでしょう。今晩はささやかならが村をあげての宴を催すことになっております。その時にというのはいかがでしょうか?」
「もちろん、それで大丈夫です。宴って俺も参加していいんですか?」
「ええ、勇者様――いや、アヤトくんは、主役ですから」
主役――その言葉にどこか落ち着かなさを感じた。今までの人生で自分が真ん中に立っていることなど1回でもあったか? 脇役で十分、いや、そもそも舞台に立つ事すら面倒だと思っていたのに、今は、なんだか嬉しかった。
その後その場は解散となって、回復魔法使いのフィーナと二人きりになった。一応俺の体の状態を確認してくれるらしい。ただ、回復でぱぱっと治すというわけではなく、普通の病院みたいに体を見たりするんだそうだ。回復魔法を見たかった俺はちょっと残念だった。
「問題なさそうですね。夜までには普段と同じぐらい動けるようになっていると思います」
ゆっくりとベッドの脇に座っていた彼女が立ち上がる。思わず揺れる胸に目線がいってしまう。いかんいかん……。
「それでは、私はこれで」
「あ、ちょっと」
立ち去ろうとした彼女を、思わず呼び止めてしまった。
「はい、なんですか?」
俺を見るその目は純粋で、クラスの女子が向けていた目とはまるで違った。
「あの、キミも今夜の宴には来るの?」
「はい、お邪魔させてもらうつもりです」
それがどうかした? というようなきょとんとした瞳。
「また、話せるかな」
「え……?」
戸惑いの表情を浮かべている。まずい、確かになんかちょっとキモいか? 他意はないこともないこともないんだ。ホント。
「いや、ほら、魔法のこととか聞きたいし!」
「はい、もちろんです。私もアヤトさんとお話してみたいです」
「良かった! じゃ、また夜に」
「はい、また夜に。それでは失礼しますね」
そういって彼女は出ていった。後ろ姿を最後まで見届ける。
はー、緊張した。いや、なんだ。俺は何がしたかったんだ? 魔法について知りたいってことだよな? それでいいんだよな? は? それ以外に何かあるってのかよ……いや、ない。ないない。
「なにもねーよ!」
ふー。らしくないらしくない。落ち着こう。魔法のことは知らなきゃダメなんだから、別におかしくなかった。うん。
ベッドの上に再び横になる。宴まではまだしばらく時間があるらしい。その時になったら呼びに来てくれる話になっているから、それまでゆっくり体を休めよう。
確かにフィーナが言ってくれていたように体はだんだんと力を取り戻しているようだった。それが回復魔法のせいなのか、それ以外の自分の特性なのかはわからないが。
ひとまず、現況は確認しておこう。
「……ステータスオープン」
意識を集中すると、視界に淡く光るウィンドウが浮かび上がった。
――――――――――
≪ステータス表示≫
名前:ハヤツジ アヤト
職業:――
称号:ミノタウロスハンター
レベル:1
【能力値】
HP:120/340(+215)
MP:200/340(+250)
筋力:50(+20)
耐久:68(+43)
敏捷:30(+10)
知力:15
精神:68(+50)
器用:30(+8)
――――――――――
「うわ……、マジか、めっちゃ上がってる!?」
思わず、震える手でステータスをなぞる。今までに見たことのないぐらいの上昇だ。たった1日でこんなに上がった事はない。どう考えてもミノタウロス戦のおかげだよな。
特に耐久と精神の上昇量が半端ない。一体何が起こったんだ?
確か殴られて、それで死にそうになって……。それが耐久か。ぶっちゃけ死んでてもおかしくなかったから、こんなに上がってるのか。
精神の方はよくわかんねーけど、あの緊張感をくぐり抜けたから? 立ち向かっていったからか? どの部分が一番効いたかわかんねーけど、そう大きな間違いはないはずだ。
「これは結構すごいのでは……?」
画面の数値を見つめたまま、思わず息をのむ。日常の鍛錬とは比べ物にならない密度……あれが実戦ってやつか。
「でも、二度はごめんだな……。命がいくつあっても足りねーわ」
ボーナスってことにしておいた方がいいだろうな。これを追ってたら絶対早死するわ。目を瞑って昨日の映像を呼び起こす。
つくずく運が良かっただけに思えてきた。あんな攻撃、普通なら耐えられないし、よくあんな筋肉牛お化けみたいなモンスターを俺が倒せたもんだ。ってあれ?
そういえば、スキルは? 忘れてた、なんかあの時覚えたような気もする。俺はゆっくりと昨晩のことを思い出しながら、スキル欄の表示に切り替えた。
――そのとき、俺の目に飛び込んできたのは、見覚えのないスキルの名前だった。
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