第10話 まだ、終わっちゃいねぇ
瓦礫に埋もれたまま、意識が闇に沈んでいく。
あーあ……俺、ここで死ぬのか。結局何も残せなかったな。せっかく俺だけのスキルを見つけて、これからだったのに。まだまだやりたいことはいっぱいあったんだけどな……。
痛みはもう、感じなかった。身体は言うことを聞かず、頭もぼーっとする。劇的でもなんでもない。ただ、静かに、終わりが近づいているような感覚。ゆっくりとすべてが曖昧になっていく。
ぼんやりと視界に映る自分の体は血で赤く染まっていた。あぁ、こんなに血、出てたのか。これが体中に流れてるなんて、ちょっとキモいかもな……。
このまま死んだら今度は別の異世界に転生させてくれないかな。転生したら、今度こそSSSランクの加護をもらって、クラスのやつらを見返してやるのにな。魔王だって一撃で倒して、現地の女の子にモテモテでハーレム王国を築こう。そのあとはどこか片田舎の農村で悠々自適に暮らして、美味しいご飯と温かい布団があって……。
「ゔぉぇっ……」
吐き気と共に体の中から血が逆流して吐き出される。
「ハハ……だっせぇ……」
そんな都合のいい話あるわけないだろ。逃げてんだ、現実から、死の恐怖から、自分の弱さから――。もう視界も暗くなってきた。指先も段々と冷たくなって来ている気がする。
……その中で、断片的に記憶が浮かんできた。
「ジョブなしって、それって村人Aってことだろ?」
笑いながら、見下すように言ってきたリョウタの顔。あいつだけじゃない。クラスの連中が口々に笑っていた。最後までバカにしやがって。
……うるせぇよ。
こっちはな、死にそうなんだよ。でも、その言葉が、なぜか頭から離れなかった。俺はただの村人Aなのか……? 何もできず、何も残せず、結局このまま死ぬのか?
倒れたまま、微かに聞こえる村人たちの悲鳴。
このままじゃ、あの人たちも……。
俺を「勇者様」と呼んでくれた人たち。倒れていた俺を助けて看病してくれた。お腹を空かせていた俺にメシを運んでくれて、話しかけてくれて、信じてくれた。このままじゃ、村の人は俺と同じようになるのか?
あの人たちが……殺される? 目の前で?
何も持ってなかった俺を、当たり前のように受け入れてくれた人たち。
俺は……その人たちすら、助けられないのか?
……そんなの、クソだろ。
悔しさが、怒りが、奥底から込み上げてくる。俺はまだ何もあの人たちに返せちゃいない。勇者だろうが、村人だろうが、関係ない。
「死んだら、誰も守れねぇじゃねぇか……!」
ギリ、と奥歯を噛みしめる。
終われねぇ……! ここで、終わってたまるか……!
その瞬間だった。
──チッ……
視界の端で、何かがノイズを走らせた。
ピコンッ──という硬質な電子音と共に、眩い光の粒子が一瞬だけ視界を覆う。
《緊急スキル発動条件を確認──》
《スキル《ガッツ》を習得しました》
《効果:即死攻撃に対し、HP1で耐える──ただし、一度限り》
血の滲んだ視界に、深い赤と金を帯びたウィンドウが、異様な明滅を繰り返しながら浮かび上がった。まるで、死の淵から引き戻されるように、全身を焼くような感覚が走る。焼けつくような熱が、心臓の奥から逆流するように全身を駆け巡る。
冷えきっていた手足に、かすかな温もりが戻ってきた。指先が、ぴくりと震えた。何かが再び、動き出した。
──ドクン。
鼓膜の奥で、重低音のような鼓動が響く。呼吸が浅く、苦しく、それでも確かに肺が動いていた。細くて頼りなかった命の火が、ふたたび燃え始めたような気がした。
体中が痛む。割れた骨も、千切れた筋肉も、怒りと共に目覚めていく。
「……ふざけんなよ……まだ、終わっちゃいねぇ……!」
砕けた石片が、腕の下で鈍く擦れる音を立てた。肩にのしかかる瓦礫の重みが、全身を押し潰そうとしてくる。右腕はほとんど感覚がなく、左足には鋭い痛みが走った。
それでも──動く。
呻き声が漏れた。だが、それでも歯を食いしばり、腹筋に力を込める。腹に残った瓦礫をどかすように、腕を押し出す。地面を這いながら、指先で土をつかむようにして、少しずつ前へ。
咳き込みながらも、視線を上げた。
俺はまだ……戦える。この拳をぶち込んでやるんだ。ぶっ倒す理由なら、もう十分だろ。自分にそう言い聞かせるように、ゆっくりと立ち上がった。
──あのバケモノに、もう一度、正面から向き合うために。
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