第1話 異世界召喚
青空の下、広場には草木の匂いと、鹿の鳴き声が混じり合っていた。
観光地らしい賑わいの中、クラスメイトたちは笑い合い、はしゃぎ回っていた。男子たちは鹿にちょっかいを出したり、追いかけたり、スマホを向けて動画を撮ったり。女子たちは「映え!」だの「かわいすぎ!」だのと声を上げ、写真を撮るのに夢中だ。
……うん、今日も平常運転って感じだな。
騒いでるのはいつものメンツ。何がそんなに楽しいんだか。これが21世紀の若者の姿とあっちゃ、この国も近いうちにお終いだな。俺が生きてる間は無事に続いて欲しいところだけどな。
「おい、綾斗、お前も鹿に遊んでもらえよ!」
そんな声が飛び、誰かが俺のリュックに鹿せんべいを突っ込んだ。
は? 何して……
次の瞬間、複数の鹿が群がり、鼻を押し付けてくる。リュックがベタベタになり、湿った舌が服を舐めた。背中を押され、バランスを崩しそうになる。
「うわ、最悪……」
鹿たちを振り払う俺を見て、周囲は大爆笑。男子は肩を叩き合い、女子たちはスマホを向け、笑いながらシャッターを切った。
なんなんだよ、こんな事して何になるっていうんだ……。っていうか、俺の顔が今ネットに上がってるとか考えただけで寒気するんだが……。やりたいなら自分達だけでやってろよ。
鹿せんべいを払い落とし、無言でその場を離れた。売店の横に移動し、群れる連中を無表情で見つめる。
低脳どもめ……。あんなノリで騒いで、何が面白い? 誰が一番ふざけられるか競い合って、映えだ、推しだ、バズりたいだの……浅はかだな。
ため息を吐き、腕を組んだ。男子たちは鹿にモテてる自分を誇示し、女子たちは撮った写真を見せ合って、いいね稼ぎに夢中。その姿が薄っぺらく、くだらなくて、見ていられなかった。
何がそんなに楽しいのか、わけわかんなーな。早く帰りてー。
「集合写真撮るぞー!」
教師の声が響き、ざわつく生徒たちが移動を始める。俺は眉をひそめ、鬱陶しそうに息を吐いた。
「お前も少しはみんなと仲良くしろよ?」
教師が近づき、軽く肩を叩いてきた。どうでもよさそうな目と、空虚な笑み。あんたは騒ぎ起こされたくないってそれだけだろ。
「みんなと一緒の方が楽しいだろ?」
適当な言葉を残し、教師は他の生徒の方へ去っていく。俺はため息をつき、集団で並ぶ端に立った。出来れば写真なんかに写りたくはないが、カメラマンがもっと中に入るように促してくる。喜び勇んでカメラのフレームに収まる生徒たちは、ふざけ合い、肩を組み、笑顔を作り、はしゃいでいた。
「それじゃ、撮りますよー。はい、チーズ!」
その瞬間だった。視界が白く弾け、地面が崩れ落ちるような感覚に襲われた。
「なにこれ!?」「やだ、やだ!!」「誰か助けて!!」
悲鳴が飛び交い、ざわめきが渦を巻く。空間が歪み、光が螺旋を描き、俺たちは飲み込まれていった。地面がなくなったような浮遊感が襲い、慌てて逃げ出そうとするが前に進めない。
一体何が起こったんだ? 大地震か? いや、違う。上下の感覚すらない。まるで水の中で目を開けたみたいに、すべてが滲んで、揺れて……。
気づけば、目の前には荘厳な広間が広がっていた。大理石の床、きらめくシャンデリア、高い天井。壁には金色の紋章が輝き、鎧に身を包んだ兵士たちがずらりと並ぶ。その中央、高い玉座には、威厳を漂わせた王らしき姿があった。
なんだ、ここは。さっきまでいた場所と全然違うじゃねーか。俺は周りの人間を刺激しないように、ゆっくりと周囲を観察した。どうやらこの場所にいるのはクラス全員(教師除く)のようだ。次々に目を覚まして体を起こしていく。
「ようこそ、異界の勇者たちよ。我がルディア王国へ」
王の低く響く声が広間を満たし、クラスメイトたちは息を呑み、戸惑い、怯えた声を漏らした。
「え、これ何?」
「夢……?じゃないよな……」
「なんで俺たちが……?」
頭の奥がずきりと疼いた次の瞬間、まるで誰かの声が直接語りかけてくるように、膨大な情報が頭の中に流れ込んできた。
≪勇者システム≫
● 勇者システムとは:
魔王が復活の兆しを見せると自動的に発動する、古代の魔法陣による召喚システム。
初代勇者の仲間だった魔法使いが後世に遺した装置であり、異世界から“魔王討伐に適応可能な勇者候補”を選出・召喚する。
● 勇者の刻印:
召喚時に「勇者の刻印」が手の甲に刻まれる。これは加護の媒体であり、魔物を倒すことでその力を蓄積する役割を持つ。
● 加護について:
勇者は召喚時に“神の加護”を受け取る。この加護によりジョブ(職業)や適性が決まり、以降の成長方針が固定される。
加護は一度きりで変更不可。自分自身のステータス画面で内容確認が可能。
● 成長の仕組み:
魔物を討伐することで魔王の力を“削り”、同時に勇者は刻印を通じてその力を吸収し、強くなっていく。
討伐した魔物の情報は“女神象”を通じて確認され、国ごとのランキングにも反映される。
● 元の世界への帰還条件:
魔王の完全討伐。
それ以外の手段では帰還できない。
勇者システム? なんだ、これは? 疑問と同時に答えは頭の中に流れ込んで来ていた。まじかよ、しゃれになんねーな。俺たちは異世界に飛ばされたってことかよ。おおよその流れは想像つくが、目の前に繰り広げられている光景が、俺の知るそれかはわからない。期待するような、不安なような、そんな不思議な気分だった。
王の声が再び響く。
「現在、この世界では魔王が復活の兆しを見せている。我々は異世界から勇者候補を召喚し、魔王討伐の任に就いてもらう必要がある。魔王を討伐すれば、元の世界へ帰ることができるだろう。……こちらの都合で申し訳ないが、協力をお願いしたい」
「ふざけんなよ!」
「いきなり言われても困るだろ!」
誰かが声を上げた。だが、その言葉は空しく広間に溶けていく。頭の中に流れ込む情報が、抗議を無力化するかのように、淡々と「現実」を突きつけてくる。
……無駄だ。分かってしまった。選択肢なんてない。ここで何を言ったって、どうにもならない。俺の手の甲には確かに見たことない紋様がうっすらと浮かび上がっている。現実だ、これは。
「我々の力では、諸君らを元の世界に送り返すことはできない。魔王の復活を止められないのと同じく、勇者召喚も止められない。勇者たちには支援を行うが、魔王討伐はお願いするほかない」
「お願い」という響きとは裏腹に、その場には抗うことを許さない空気が漂っていた。王の言葉に反論を挟む余地はなく、クラスメイトたちはただ呆然と立ち尽くし、怯え、戸惑い、そして次第に諦めの色を滲ませていった。みんなわかっているんだ。言葉よりも頭の中にある情報がこれは真実だと告げていることに。
所詮はただの高校生だ。大人の圧に晒されれば、さっきまでのおふざけテンションなんてすぐにしぼむ。俺は冷めた目でその光景を見ていた。
……でも、俺は違う。誰かに頼るつもりも、群れるつもりもない。必ず切り抜けてみせる。たとえ、誰にも期待されなくてもな。
「そなたたちは神の加護を受けし勇者である。洗礼の儀を通じ、適性を確認し、それぞれの使命を果たしてもらう」
クラスメイトたちは怯えながらも、体が自然と従うように動き始めた。列を作り、王の前に進んでいく。
俺は胸の奥で高鳴る鼓動を感じながら、周囲を冷静に見渡していた。広間の熱気、ざわめき、兵士たちの冷たい視線。全てを飲み込みながら、目を細め、静かに息を吐いた。
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初日は1話から3話までの投稿になります。
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