番外編 オスカー視点
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神殿の外観は白く美しいが、その内部は案外薄暗いものだということは、一度でも中に入ったことがある者ならば容易に想像できるだろう。
法王の執務室もまた、その例に漏れることはなかった。
「お久しぶりです」
「オスカー、おかえり」
相変わらずの優しい微笑み。
若くして法王になった男は五十近いはずなのに、まるで二十代のような見た目をしていた。
見た目だけならばまるでオスカーと同年代のような姿だ。
他の聖騎士の裏切りにより襲われて森に迷い込んだ時には、すぐにでも法王が他の聖騎士たちを捜索に出してくれるのではと思っていたけれど、そんなことは起きなかった。
「法王様、残念ながら、私は聖騎士を辞めなければいけなくなりました。王太子になりましたので」
私が法王のお気に入りであったことは自惚れではなく事実であったと思う。
しかし、私がパルミラ領に隠れている間もジョン兄上と真っ向から敵対関係にあった間も聖騎士は全く動かなかった。
法王庁から城への問い合わせの一つもなかったという。
そのため、私は、私を襲撃するための命令を出したのは実は法王だったのだろうか? とさえ疑った。
長男のジョン兄上ほどではないが、武力を誇るパルミラ伯爵の三女 ゼノビアと婚約している私にも、私に協力的な派閥はあったのだ。
法王が指示せずとも彼らが私を捜索しようとしたはずだ。
ただ、もちろん、勝手に法王庁を離れるわけにはいかないため、当然ながら法王に伺いは立てる。
その際に法王に捜索は不要だと言われてしまえば動くことができない。
だから、私の捜索が一切行われなかったということは、法王がその許可を出さなかった……つまり、法王が私の暗殺を指示した可能性さえもあると考えたのだ。
もちろん、それはジョン兄上が無実という意味ではない。
市井の者たちから見れば法王はただただ慈悲深い人物に見えていたかもしれないが、それは違う。
法王は我が父である国王よりもずっと頭が切れ、強かな人物だった。
人を介して他者を……ジョン兄上のような単純な人を思うままに動かすなど容易いことだ。
そのような疑いを持った状態で法王に決別の挨拶をしに来たわけなのだが、法王の執務室まで来る前に他の聖騎士たちから聞いた話によると、彼らが私の捜索に向かいたいと言った際に、法王は妙なことを言っていたそうだ。
『あなたたちが行ってもオスカーを見つけることはできないでしょう。信仰がオスカーを深く清き森に隠してくれているはずです』
その法王の言葉は、まるで、精霊の森のことを知っているようだった。
精霊信仰の代表者として精霊の森の存在を信じているということではなく、その存在が確実なものだと知っているようだ。
さらに、法王は、法王庁内にいるジョン兄上の派閥の者を全員追い出し、そのことを市井や貴族の者たちに大々的に発表したそうだ。
それはつまり、国王よりも強い権力のある法王が彼らを見放したということであり、聖騎士にとっては死刑の次に厳しい罰だった。
「オスカー、王太子になったからと言って聖職者を辞める必要はないでしょう。私は私の次の法王をあなたにと考えていたのですから」
「法王様、それはこの国の法が許さないでしょう」
「法律なら変えてしまえばいいではないですか?」
どこまでも優しい微笑みだ。
「法王様は私の捜索を止めたと聞きましたので、もう私には興味がないものと思っておりました」
法王に舌戦で勝てるとは思っていないが、少なくとも法王が何を知り、何を目的にしているのかは知りたかった。
「あなたが襲撃されて行方不明になったと聞いた時、若き日の私のように精霊たちに匿われたのではないかと思ったのです」
「それは……」
法王は懐かしむようにその目を細めた。
「私はかつて、精霊の森に入ったことがあるのです」
「そして」と法王は懐かしむようだった優しい眼差しに鋭い光を滲ませた。
「再び、精霊の森に入りたいと願っているのです」
法王は生気に満ち溢れた活動的なタイプではない。
精霊信仰の式典に際しても、精力的に信徒を導くようなタイプではなく、ただそこに穏やかに佇み、来る者たちを受け入れるというような雰囲気だ。
そんな男の目に光が宿っている。
精霊の森に再び入ることが、彼の最も強い願望なのだとわかる。
「どうして、ですか?」
その理由はきっと、精霊を深く信仰しているからということではないだろうと確信できた。
法王はにこりと微笑んだ。
それはいつもの微笑みだ。
「長い昔話になりますが、聞きますか?」
それ以上は話すつもりがないということだろう。
「いいえ」と私は首を横に振った。
「ところでオスカー、あなた、森から一人の少年を連れてきたそうですね」
ドキリッと心臓が跳ねた。
法王は国王よりも力のある存在だ。
さらに、どうやら、精霊の森に執着しているようだった。
そんな存在を、エノクに会わせても大丈夫なのだろうか?




