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03 魔法書

お読みいただきありがとうございます。


「本当に、治癒魔法が……」


 聖騎士は自分の傷が癒えていくのを見つめて驚いたような声を出した。


「どう? 動けますか?」

「あ、ああ……最近、市井に魔法を使う平民がいるという噂があったが、その書物が原因か?」


「この国では確か、貴族以外の者が魔法を使うことを禁じてはいないですよね?」


 ムー王国では平民が魔法を使うことを禁じる法はないものの、平民が魔法を使えるようになれば貴族の特権が危ぶまれるために、平民は魔法を学ぶことも魔法に関することに触れることも許されないという暗黙のルールがある。


 それゆえに、僕は魔法書を試しに使ってもらっていた顔馴染みの街の者たちには貴族には決して知られないようにと注意をしてきたのだ。


 しかし、この国ではその必要性はなかったはずだ。


「ああ。我が国では貴族以外が魔法を使うことを禁じてはいない。むしろ、どのようなことでも市井の者が学ぶことを推奨している。しかし、そのような書物があることは知らなかった。その書物はどこで手に入れたのだ?」

「その話は後にしましょう」


 ネルが果実を抱えて走ってきた。

 ネルはなんだかんだ言いながらもよく熟された実を三つも持ってきてくれた。


「ネルは優しいな」と褒めれば、ネルは嬉しそうに笑った。


「ミラも! ミラも偉いでしょ!」

「ああ、もちろん。ミラも偉いし、優しい」


「えへへ〜」とミラが嬉しそうに僕の腕にしがみついてくる。

 そんなミラの様子からネルはすぐに僕が持つ魔法書に気がついた。


「ミラに魔法を使わせたの?」

「ああ。この人の傷を治してもらったんだ」

「僕も使いたかった!」

「ネルにもあとで使ってもらうよ」

「やったー!」


 果実を食べ終えた聖騎士はやっと息をついたような様子を見せた。

 ネルにお願いして、生活魔法の浄化魔法を聖騎士にかけてもらい、血のついた鎧や衣服を綺麗にする。


「君たちは命の恩人だ。ありがとう」

「動けるようになったんならさっさと森から出ていって!」


 頭を下げた聖騎士にネルが厳しく言った。

 森の民は精霊たちに愛されて精霊たちに守られている存在のため、精霊の森を荒らしたり、この聖騎士のように血で汚すような者を好まない。


「森の民は他者を受け入れないとは聞いていたが随分と警戒心が強いのだな」

「精霊に守られているのだから、精霊が愛する地を守ろうとするのは当然でしょう?」

「私としてはその書物についてまだ色々と聞きたいのだが?」


 聖騎士の目が僕の手の中の魔法書を興味深げに見る。


「これは僕が作ったんだ」

「君が!?」


 黙っていたところでいずれはわかることだ。




 森の民の中にも商人がいる。

 好奇心が強く、森の中だけの生活に窮屈さを感じた者が旅商人になり、時折、出身の森に戻ってくるのだ。


 生活魔法の魔法書が三冊できた時にそれをどこにどうやって売りに行こうかと悩んだ。

 僕はこの国に来てすぐに精霊の森に入ったため、街の場所などもよく知らなかった。

 それに、一度精霊の森から離れたら、森の民ではない僕が再び精霊の森に入れる保証はなかった。

 魔法書を作って生活していこうとは思っていたけれど、販路を考えてはいなかったのだ。


 荷物を全部持って、精霊の森にもう帰れない覚悟で魔法書を売りに行かなければいけないだろうかと考えていた頃、ちょうどこの森出身の旅商人が精霊の森に立ち寄った。

 族長が旅商人を紹介してくれて、僕が魔法書の使い方を説明すると旅商人が一冊欲しいと買い取ってくれた。

 そして、残った二冊は商品として買い取ってくれたのだ。


 その時に想定以上の金貨をもらってしまった。

 生活魔法の魔法書1冊に対して、金貨3枚だ。

 平民ならば金貨1枚で3人家族が3ヶ月生活できる。


 これでは僕が魔法書を使って欲しいと思っている平民たちが買うことができないと説明したのだが、商人は僕が返そうとする金貨を決して受け取ってはくれなかった。


 精霊の森は他の森とは違う。

 精霊が認める行いをしなければ、この森に帰ることは二度とできなくなるのだという。

 だから、僕が作ったものを過小評価するような値段で買うことはできないと。


 魔法書は商業ギルドや冒険者ギルドに売り、ギルドに加盟している者たちが無料か少額の有料で使えるようにするのだと話していた。

 売るギルドに対してもギルド長の人柄を考えて判断するため、この魔法書で稼ごうとする者に渡ることはないと約束してくれた。


 魔法書1冊で商売ができるなんて僕は考えてもみなかったけれど、旅商人が言うには、清潔な水はとても貴重で、浅い傷を塞ぐだけの治癒魔法であっても感染症などを考えると医師や薬師のいないところでは重要なことなのだという。




 そうした経緯で出回った魔法書の噂を聖騎士は聞いたのだろう。


「君が、その書物を作ったというのか? どうして? いや、その前にどうやって?」


 聖騎士は随分と驚いたようで、魔法書と僕とを何度も見比べる。


「おにぃちゃんのものを盗むつもり?!」


 ミラが眉を吊り上げた。


「そういうつもりはないが、確かに、こんな貴重なものの作り方を聞くなんて無作法だった。すまない」

「ミラ、ありがとう。でも、この人は誇り高き聖騎士様だから、そんなことはしないよ。それに、僕の技術は誰にも真似できないから大丈夫だよ」

「聖騎士か……」

「聖騎士なんでしょ?」

「そうなのだが、私もこれまでは聖騎士とは誇り高きものだと思っていたのだが……」


 どうやら、仲間から裏切られたことがこたえているようだ。

 聖騎士は苦く笑った。


 裏切られた男はこの先、聖騎士と名乗ることを躊躇うようになってしまうのだろうか?

 そして、裏切った者たちは平気でこの先も自分たちは誇り高い聖騎士だと名乗っていくのかもしれない。


「それより、誰にも真似できない技術という君の話も気になる」

「そうだね。でも、そろそろ時間かもしれない」


 僕は周囲の木々を見回す。


「あなたにはやましいことはない。だから精霊は一時的に身を隠すことを許した。けれど、精霊にとってはあなたは守るべき民ではない。そろそろ、精霊の森から出なければいけない」


 その証拠に、他の聖獣や動物たちが集まって来ている。

 鳥やウサギやリス、侵入者がどこで何をしているのかを見張る役にはもってこいの子達だ。


「あなたの属性は風ですよね?」

「ああ、そうだが……どうしてわかった?」


 聖騎士の質問には答えずに僕は一冊の薄い書物を渡す。

 薄いとは言っては、写本で本が量産されて広まるこの世界ではそれほど珍しくない厚みだ。

 前世の記憶の中にあるような厚みのある本は魔法学園の図書館でも数冊しかなかった。


「まだ作成途中だけどこれをあげる。逃げるのに役立てて」


 僕は聖騎士に風属性の魔法書を渡した。

 普通に魔法を使うよりも精霊たちの言葉で書かれたこの魔法書を使った方が魔力を節約できるはずだ。

 まだ作り途中だからそれほどたくさんの魔法は入っていないけれど、身を隠せる場所まで移動するには十分だと思う。


「もうこの森を出なければダメか? まだ君に色々と聞きたいのだが?」


 そんなに魔法書に興味があるのだろうか?

 これは魔法を習っていない平民たちのために作ったものなのだが、聖騎士になれるような身分の者でも興味を惹かれるのならば、思った以上に稼ぐことができる商品かもしれない。


 貴族に高く売れば、平民たちには紙を作る材料の原価のような値段で売ることが可能だ。


「縁があれば、また会えるかもしれないから、話はその時に」


 僕がこの森を出るのはいつになるのだろうかと考えながら、実にテキトーな返事を聖騎士に返した。


 精霊の森にいる限りは、精霊の加護により食べ物が与えられるため、そんなに生活に困ってもいないというのが実情だ。

 ここにいれば煩わしい人間関係もないし、むしろ快適と言える。


「それじゃ、気をつけて」


 僕はネルとミラの手を引いて、青の果樹園に入った。

 聖獣はまだ聖騎士を見ていたけれど、そのうち、ガサガサと草木を分けて立ち去る音がした。

 一度だけ振り返ってみたけれど、もう聖騎士の姿はなかった。


 きっと、もう二度と会うことはないだろうと思っていた。

 それなのに、3ヶ月程が経った頃、鎧を脱いで軽装になった聖騎士に家の前で出会った。





アルファポリスにて先行更新中。

https://www.alphapolis.co.jp/novel/135536470/928951442

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