02 出会い
お読みいただきありがとうございます。
「「おにぃちゃん!」」
ネルとミラが手を振って駆け寄ってきた。
ネルとミラは森の民だ。
森の民はその呼び名の通り、森に住んでいる人々だ。
ただ棲家が森というだけではなく、街や村に住む人たちとは種族が違って、森を愛し、森に愛されている彼らは精霊に気に入られてもいる。
しかし、彼らは魔法を知らず、精霊の力を感じてはいても、精霊の力を借りて魔法を使うことはできない。
精霊を自分の力のように使わないからこそ精霊に好かれているという部分もあるが、彼らが生活するのに精霊の力を借りてもそれで精霊が怒ったりすることはないだろう。
現に、生まれながらの魔法使いと言われるエルフたちは学術的に魔法を学ぶよりも小さな頃から精霊の力を借りて魔法を使うことができるという。
むしろ、お気に入りに力を貸すことは精霊たちの喜びだろう。
「今日はどこに行くの?」
「今日は青の果樹園に果実をもらいに行くんだ!」
「おにぃちゃんも一緒に行く?」
「そっか、もう春だもんね。一緒に行こうか」
ネルとミラが僕の左右の手を握ってくる。
二人は族長の子供だ。
双子だが、しっかり者のネルが兄で天真爛漫なミラが妹という感じだ。
僕がこの森に迷い込んだ時に声をかけて族長の家に連れて行ってくれたのも二人だ。
青の果樹園というのは人が手を入れた果樹園ではなく、精霊たちの力によって作り上げられた果樹園だ。
森の民のために精霊たちが果実が成る木を育てたのだ。
その実は味が濃く、栄養も豊富で、精気に満ち溢れて森の民に力を与える。
ネルとミラが住んでいる森は他の森と違って特別な森で、精霊たちが許可した者だけが入ることができる精霊の森だ。
青の果樹園は精霊の森にしかない。
僕は運良く精霊の森に迷い込み、ネルとミラの父親である族長に許可を得て、精霊の森の端っこに住まわせてもらっている。
森の民たちの棲家からは離れた場所だが、追い出されないだけで充分にありがたかった。
族長曰く、「精霊の森に入れたこと自体が精霊が許可を与えたということだろう。それに対して森の民が何か言うことはない」ということだった。
ネルとミラの母親、族長の奥さんはすごく美人なんだけど、僕の姿を見てとても驚いたみたいで、最初にチラリと見て以降、僕が族長の家に行くと隠れてしまうみたいだ。
精霊の森に生まれて外界と接したことのない森の民にとっては私はとても異質な存在なのだと思う。
精霊の森に外部から人が入ってくること自体数年に一度あるかないかというくらいの出来事のようだし、警戒しているだけならいいが、怯えさせてしまっているのだとしたら申し訳ない。
とても美しく、なんだか懐かしいような感じがする人だったから、一度しかその姿を見ることができないのは少し残念だった。
でも、そもそも、精霊の森に入って森の民に会うことができるなんて奇跡的なことなんだから、あの姿を一度だけでも見ることができて幸運だったと思うべきだろう。
ネルとミラと一緒に青の果樹園に行くと、その近くに見知らぬ男と青の果樹園を守る聖獣が向かい合っていた。
普段はすらりと美しい鹿に似た見た目の聖獣だが、その聖獣が牙を剥いて騎士の前に立ちはだかっている。
青の果樹園の果実しか食べていないと思っていたが、あんな鋭い歯があったとは知らなかった。
「お前は誰だ!」
ネルが聖獣の元まで走り、騎士の姿をした男に声を荒げた。
僕が森に迷い込んだ時にはそんな風に声を荒げなかったネルが厳しい態度を見せたのは、おそらく騎士が血に濡れているからだろう。
聖獣は気が昂っていても森の民のことはきちんとわかるようで、ネルに身を寄せた。
騎士の白銀の鎧には血がベッタリとついていたが、それはもちろん聖獣のものではなく、騎士本人が流した血のようだ。
もしくは、誰かの返り血だろうか?
「この果樹園は僕たち森の民に与えられたものだ!」
森の民は人間のことだけではなく、森に住む聖獣や動物たち、場所によっては獣人などの亜人のことも含む。
邪悪な生物は魔物と呼ばれ、精霊の森に入ることはできない。
「すまない……空腹で立ち入ってしまった」
僕もミラを後ろに庇いながら、騎士に近づいた。
騎士の体をよく見れば、腕と足に深手を負っているようだった。
しかし、鎧には彼が流したであろう血以外にも、飛び散ってついた血もあるような気がする。
おそらく、彼も誰かを斬っている。
だが、飛び散った血よりも明らかに男が流した血の方が多い。
それが男が誰も殺めてはいない証にはならないが、この森に入れたということは、少なくとも、精霊や森の民を傷つけるような存在ではないのかもしれない。
「その怪我と返り血はどうしたんだ?」
「仲間に……いや、仲間だと思っていた者たちに裏切られてな……応戦して逃げてきたんだ」
油断していたところを切りつけられて深傷を負ったというところだろうか?
そして、返り血は応戦した時のもの。
裏切った相手にそのまま切られてやる義理もないだろうから応戦するのは当然か。
やはり、精霊の森に入ることができたこの男は悪い人間ではないのだろうと思う。
魔物同様、邪心がある人間は青の果樹園に近づくことはおろか、精霊の森を見つけることさえもできないはずだ。
「ネル、ごめん。どれでもいいから果実を一つくれないか?」
「……おにぃちゃんがそう言うなら」
ネルは果実を取るために果樹園に入っていく。
聖獣は見張りのようにじっと騎士の男を見ているが、もう牙は剥いていない。
「あなたは聖騎士ですか?」
この国はナタール聖国と呼ばれる精霊信仰の根強い国だ。
正式な国名はナタール王国なのだが、王よりも精霊信仰の法王の方が力が強いと言われている。
ちなみに、精霊信仰は前世のアニミズムと呼ばれているものではなく、精霊の中でも強大な力を持つ大精霊を信仰している。
鎧の紋章から判断した僕の質問に騎士は「ああ……」と返事を返した。
「それなら、初級の治癒魔法が使えるのではないですか?」
初級の治癒魔法では浅い傷しか治せないが、とりあえずは傷を塞いだ方がいいだろう。
それに消毒の効果があるから、放置するよりはずっといいはずだ。
「初級の魔法を使う魔力も残っていないし、ポーションも使い切ってしまった」
そういうことならと、僕は肩からかけてきた鞄の中から魔法書を取り出して治癒魔法が書かれたページを開いてミラに渡す。
「ミラ、この人の傷が治るイメージで魔力を流してくれないか?」
「わかった!」
ミラが元気に返事をして、魔法書をしっかり持って魔力を巡らす。
ミラは火属性だが、生活魔法程度ならば属性は関係なく、魔力があれば使うことができる。
魔法書から魔法陣が浮き上がり、聖騎士を光で包み込んだ。
アルファポリスにて先行更新中。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/135536470/928951442